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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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《PL・注》
この話は、アッシュ・クイン氏との間で交わした伝言を編集し、SS風味にまとめたものです。
編集・公開に関しては氏に許可をいただき、且つご協力をいただいております。



―目覚めの時。

患者の回復を見届けるのは、医師の務めである。
身体が回復しても昏睡状態であったら意味がない。
意識を取り戻し、しっかりと話せる状態にあるのを、確認するまで、
片時も目を離さず、見守っていなければならない。



伽藺がぱちり、と目を覚ますと。
薄暗い屋敷の窓から、柔らかな灯りが差し込んでいた。
多分この、薄黄色い色彩は、朝陽。

(昨日の最後の記憶が、夕刻頃だから・・・)

起き上がろうとして、引き攣れるような痛みに、気付く。
筋肉痛のように内側から来る痛み。
よく見ると、腕には点滴用の管が繋がれ、体の至るところには、
真新しい包帯が巻かれていた。

病衣からは、清潔な香りがする。
ふと視線を巡らせてみると、静かな・・・感情を伺わせない瞳で、
白衣の男性がじっと見降ろしている。

「俺が判るか」
「・・・・・・?」

長身の伽藺よりも、さらに頭一つほども秀でていそうな、大柄な体。
淡い色彩の髪の下に黒い肌と、さらに深みを増した黒の瞳。
一瞬、誰だろうとシーツを握り、比較的近い記憶を引っ張り出す。
正体は直ぐに知れた。

「ドクター・・・ですね」

そう呼べと伝えられた、というか名前は未だ、知らされていない。
そして医師は静かに頷いた。

(意識は明瞭なようだな)

「すみません、またお世話をお掛けしましたようで、・・・ん?」

汚れきった体は綺麗に清められ、傷も丁寧に治療されている。
しかし、夢だったのかと思ってしまうような、昨夜の惨劇のことを、
無造作に掛けられた襦袢、そこに染み付いた乾いた血液の跡が、
事実なのだと知らしめていた。

「・・・・・・!」

妖だからか何なのか。自身の特性はわかっていた。
強力は再生能力のことも、それにも限界があることも。

「あの。どうして・・・僕を、殺さなかったのですか?
あの状態からでしたら、簡単だったでしょうに・・・」

点滴の管を外さないよう、そっと起き上がると、
医師から少し視線を外して、なるべく平静を装って尋ねる。

「どうして、殺さなかったか、だと?
いいや、貴様は死んだ。
俺に首を絞められ、この腕の中で息絶えたじゃないか。
前の記憶を、引き継いでいるのかもしれんが、貴様は死んだよ。
・・くっくっく・・・・・、走馬灯は楽しかったか?」

一体、この男は何を言わんとしているのか?
伽藺が考える暇もなく、大柄な体に引っ掛けられた白衣が、
翻る。

「貴様は死んだのだ。
だから、俺に拾われる以前のことは、何も思い出す必要も、
気にかける必要もない。
俺の事だけを記憶し、俺の事だけを考えろ」

胸倉を掴んで引きずりあげると、紅く刻印された唇跡の痣を、
指で辿った。

「あ、・・・っ」

腕に走る小さな痛みと共に、血管に挿された針がするりと落ちる。
結局のところ。
それが過去であれ、自分のものを縛る存在がある事が、許せない。
この医師はそういった独占欲を、隠すことを知らなかった。
だから『死んだと思え』という事なのであろう。
細い眉を寄せ、アッシュの言葉に伽藺は、不審そうに首を傾げた。

「それは・・・」

罪を。
罪を犯した歴史を忘れ、其処から逃れてもいいと・・・?

「さあ、回復したのならさっさと起きて、飯を作れ。
これからは貴様の餌くらい自分で用意するんだ。
俺も貴様の監視で空腹だ」

実際、点滴を受けている伽藺より、看病を続けていた医師の方が、
栄養と休養は不足していた。
何かに集中していると、自分の事は等閑になるというのは、
いつまで経っても治らない、この医師の癖であった。
腹が満たされたとしたら、その後にはたっぷりと、眠るであろう。

「まずいものを作ってみろ、貴様の肉を切り取って食った際に、
その回復力が追いつくか試してやる」
「・・・・・・」



きっと。

世間一杯に言えば、酷い扱いを受けていると、言われるのだろう。
なのに・・・体の奥が、じくりと疼くのは、何故だろう。
支配されているのだろうか。自分が『式』を使役するように。

思考を放棄して、この感覚を信じ、従っていいのだろうか。
解放されて。支配されて。思考を放棄して。
でも。
胸騒ぎがする。『何か』が追って来そうな気がする。過去から何かが。
浮かぶ顔、顔、顔。此れは誰だろう、わかる、覚えている。
忘れてなどいない・・・。

『おれのせいだな』『兄上、逃げましたね』『良かったわね、満足かしら』
『居なくならないで下さい』『俺を捨てないで』『働き口が決まったの』

「あ・・・っ・・・?
・・・ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!」

不安定な者にとって、激情は一瞬でやって来る。
自分を掴む医師の、白衣の向こうにあるワゴン、そこに置かれている、
消毒液に付けられたメス。
これまでの鈍重な動きからは、信じられないような速さでそれを掴み、
逆手に構えて医師に・・・。
いいや、医師の手の横をすり抜けて、自身の胸にそれを刺した。
何度も何度も、何度も、何度も・・・。

「嫌ぁあ! 駄目・・・なんだっ! 僕は生きちゃ! 生き・・・てちゃ!!
死んだなら、どうしてここに居るの、どうして魂が残っているの!
どうして記憶が残っているの、どうして! どうして!!」

狂ったような咆哮。
続いて、迸る鮮血。

白い手に、握られた白刃が閃くたび、病衣とシーツが紅に染まる。
小振りで鋭利なメスなので、大きな傷口を作ることは無いが。
それでも繰り返し切り付ければ、小さな傷だって広がってゆく・・・。
医師は不愉快そうな表情を浮かべ、自問を繰り返す様を無言で見ている。
白衣に飛んできた血は気にも留めないようだ。

カキィン・・・!!

「あ・・・っ・・・」

激情とは、発散されない感情が、飽和したもの。
それは発散の機会を得れば、呆気ないほど速やかに収まったりもする。
薄いメスが折れ刃先が飛んだ。その事象が伽藺から温度を奪った。

「・・・ぁ・・・」

改めてみてみると、清潔な病衣とシーツは、鮮血に染まり。
医師の白衣にも返り血が飛んでいた。

「・・・・・・」

それでも傷口からは、鈍い痛みが発するだけだ。
じきに血も止まり、跡形もなくなるのだろう。

「・・・・・・。」

のろのろと立ち上がると、シーツを剥がして両手に抱えた。

「すみま・・・せん。洗濯・・・しますね・・・。
あ・・・、・・・その・・・白衣も、した方がいい、です・・・か?」

ぼんやりと生気のない、眠たそうな瞳が戻っている。
激情の間には恐怖と絶望に彩られ、生気を発していた輝ける濃紺は、
今は無気力そうな淀んだ色彩しか有していない。
白衣を洗ったほうがいいのか。その問い掛けに医師は答えない。

「簡単なものしか、作れません、けど・・・。
・・・お待ち・・・、下さい・・・」

抑揚のない声でそれだけ告げると。
シーツを持ったまま、ふらふらと洗濯場の方に、歩いてゆく。
光の無い瞳と、平坦な声音からは、その内心は計り知れない。
激情の後にある、燃え尽き状態なのかも、知れないが。



・・・ガシャン。

医師の蹴りでワゴンが倒れた音だった。
あらゆる医療器具が、床に叩きつけられ、ころころと転がった。
もう一度蹴る。何かの割れた音が、鋭く反響する。

(そうすぐに上手くいくはずもないか)

だとしても、不愉快は不愉快だった。
医師の褐色の口元に覗く、白い歯の間がぎりぎりと軋む。

モルモットが、思い通りにならなかったり、異常をきたすことなどは、
特に珍しいことではなかった。
そもそも、自らの手に堕ちるような輩は、どれも特殊な境遇にある者であり、
元より正気と狂気の境界が、アンバランスな者ばかりであった。
支配することを目的としたこの男が、強い精神力をもった者を選ぶことなど、
今まで一度も無かったからだ。

だから冷静に見ることができる。
またか・・・と。
しかし理性では割り切れたとしても、苛付きはやはり隠すことができない。
彼の自制心は幼少の頃より、大して成長してはいなかった。

「ちっ」と舌打ちを一つすると。シーツの剥がされたベッドに腰を下ろした。

「言葉は選んだ筈だ。最も効果的と思われる、時とシチュエーションで。
・・・・・・。・・・何が悪かった? 時期尚早だったか??」

『過去』を完全に消去する。
そのためには、恐怖、恫喝、脅迫、傷害、思いつく限りのものを全て、
駆使しなければ。
自分だけを見るように・・・。自分だけを『世界』とするように・・・。
それが、畏怖であろうが崇拝であろうが、構わない。

「焦りすぎるのは悪い癖だな。
もう少し時間をかけて、手なづけていかなければならない。
奴には素質がある、諦めるには惜しくなって、きたところだ」

単純に容姿が好みに合うというのも去ることながら。
恐怖の顔、絶望の顔、慟哭の声、その全てが。
医師の嗜虐心、いやその奥にある、何らかの本能に響く。

・・・外科医であれ内科医であれ、医師は必ずある程度の、
精神科医の素質をも持っていなければならない。
人の感情の機微など、理解さえできない彼にとっても、それは例外ではなく。
治療における精神操作の必要性はよく承知していた。

「逃げ出しはしないだろう。壊れもしないだろう、完全には。
恐らくは・・・。・・・そして、・・・いつか・・・。
・・・・・」

ぶつぶつと独り言を呟きながら、疲れに身を任せて、壁に頭を預けていたが、
そのまま浅い眠りに落ちたようだった。



 - 『人形』と『人』の境界を抱いたまま。
僕は。どちらに行けば・・・、いいのだろう・・・? -

血の汚れを薄めるために、水を張った桶にシーツを沈めると、
伽藺は力なく崩れ落ちてその脇に座り込んだ。

どのくらい、そうしていたのだろう。
汚れ物を漬け込んだ水が、完全に血の色に染まっていた。

「・・・あ・・・」

自分の着ているものも、血塗れだったことを、伽藺は今更思い出した。
脱いでも構わないが今さらとはいえ、裸で屋敷をうろつくのは気が引ける。
元々彼は同性異性問わず、他者に肌を見せることは、好きではなかった。
それは、生まれ育った社会の、常識のせいでもあるし、
また伽藺自信が、肉体にコンプレックスを、抱いているせいもあった。

「かといって乾いてしまうと、落ちにくくなるしなぁ。
着替えを・・・探さなきゃ・・・」

自分が着ていたものでいいかと思う。
どうせ、あそこまで汚れていたら、もう廃棄するしかないのだし。
とりあえず羽織るにはいいだろう。

部屋に戻ると、倒れたワゴン・・・に、飛び散った医療器具。
硝子瓶はことごとく割れて、揮発したアルコールの匂いが、鼻を突いた。
その横、シーツが剥がされたベッドに、倒れていたのは医師だった。
壁にもたれるように崩折れている。さすがにこの寝方では、体が痛むだろう。
大きな体を何とか横にさせる。

「・・・・・・」

ふとその手を見遣る。あの乱暴な『検査』の最中、気付いたこと。

「作業をすることは多いでしょうに、気を使わなくてはいけませんよ?」

手をそっと握り、かさかさと荒れたそれに、床から拾った軟膏を塗る。
揮発性の薄荷の匂いに薄黄色のクリーム。
これが、グリセリンとカンフル剤から出来た、傷薬であることは、
容易に分かる。
科学薬品は得意ではないが、薬草のことなら少しは、理解出来るつもりだ。

揉み込むように薬を塗り、掛けられている着物一式を、手に取ると。
ワゴンを起こして、落ちたものを拾い、箒で硝子の屑を軽く掃き取った。
そのまま、ごみ捨てついでに洗い場に行き、病衣から倭装に着替えると、
漬け置きの水を変えて台所へと向かった。

あまり、沢山のものは入っていない、貯蔵庫。
米と卵はなんとかあったので、小鍋で炊いた米でおにぎりを作り、
卵焼きを添えた。
あとは、干し魚などがあったので、軽く炙って・・・。

「お醤油が無いのか。お味噌も見当たらないな・・・」

塩を振ることにした。
ソースの類は、いくらかあるようなのだが、どれが何なのか、
いまいち見当が付かない。

「漬物があればいいのだけど」

見当たらなかったので、ようやく見つけた萎れかけた野菜を、
塩水に漬けて重石を載せる。
夕刻までには、浅漬けを作っておこうと、考えたらしい。

「今のところこれでいいか。しばらくは休まれているだろうし、
冷めても食べられるものがいいよね・・・」

部屋に戻って、サイドテーブルに、盆を置く。
簡素な和食だが、これくらいしか作ることも、出来ない。

さて、とりあえず何か着ることが出来るものを、探そうと思った。
病衣ならあるだろうが、歩き回るには少々・・・寒い。
医師の個人的な衣服には、手を触れると怒られそうだから、
何か別のところから探さないといけない。

「となればやっぱり、看護助手の服か何かに、なるのかな」

いわゆる看護士用の白衣ならば、いくらか置いてあるようだった。
中には、信じられないほど破れたものや、血痕で汚れ切っているものも、
多くあったが。

「これにしよう」

どうにか、清潔に保存されているものを選び、袖を通す。
医師が起きたら、食材と衣服を買いに行きたいと、伝えることにしよう。

「此処は本当に何処なのだろう」

ふらりと庭に出た伽藺が、放置され気味の郵便受けから、
医師の名と、屋敷の住所を知ることになるのは、
四半刻ほど後の話であった。
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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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