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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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まどろみから覚める。
光が、点から線へと変じ、白い面が現れる。
かざした手が、窓から差し込む夕日に光るのが、ぼんやりと見えた。

「・・・・・・」

しかし、手に塗られた油膏薬の、違和感より先に。
医師の頭には違うことがよぎった。



がばりと起き上がると、足早に部屋の外に出て、かつかつと廊下を進む。

「はわ!?」

伽藺は古びたモップで廊下の、絨毯のない部分を水拭きしていた。
と、大股に歩いて来る医師の姿に気付き、反射的に立ち上がり直立するが、
視界にも入らいないかのように医師は奥の部屋に入った。
扉を閉める音、そして施錠の音が、大きく響く。

「あぁ、もう少し静かに閉めなくては、お屋敷が傷みますよ。
折角、建て付けがいいのに・・・」

ふと気になって、サイドテーブルの盆を、見に行く。
おにぎりと卵焼きは、そのまま残っていた。

「やはり食べてないか。おにぎりは嫌いなのかな?」

もう少し暖まるもの、例えばお粥などにしてみようか、と思い。
盆を持って台所に戻った。

扉に施錠した医師は、一直線にその正面にある、机へと向かった。
彼はほとんどの部屋を、開けっぱなしにすることが多いが、
自分の部屋だけはきっちり閉めるのは、少ない習慣のひとつであった。

そして、インクの黒へとペンをつけ込むや否や、白い紙片につらつらと、
何かよく分からない文字片を連ねていく。
言語自体はエルフ語のようだが、エルフ語を解さない人物にとっても、
かなり癖のある筆跡というのが判る。
要は、書いた本人にしか判らないような、文字面だった。

診察していた時が、医者の顔だったなら、今は学者の顔だ。
伽藺の声が聴こえてきた気がしたが、そんなことは気にしない。
とはいえ、たった今書いているそれは、伽藺の診察記録、
いわゆるカルテだった。
患者そのものより、患者の記録の方が大事だとは、とんだ笑い話だが、
医師にとっては真剣そのものなのである。

2枚の紙片が、みっしりと埋め尽くされると、やっとペンを置いた。
見比べるように掲げて推敲すると、ふうと大きく溜息を吐きながら、
本棚に整列してあるファイルを、一冊抜き出してその中に入れた。

「腹が減った・・・」

そういえば昨日も今日も、何も口に入れた記憶がない。
昨日は、栄養剤を注射しただろうか? それもあまり覚えていない。

「カラン! 何処をフラフラしている!!
飯を作れと言っただろうが!!!」

自室から出た途端、屋敷中に響くような怒号を上げ、廊下を歩いた。



おにぎりの白米を、たっぷりの水と煮込み。
乾燥貝柱が置いてあったので、出汁と具として解し入れた。
胡麻油があれば良いのだけれど、見当たらないので塩で味付け。
置かれている野菜も、細かく刻んで入れてみると、
薄味のフーリュン風雑炊が出来た。

「浅漬けも出来ているかな」

先程の、『とりあえず』な食卓よりは、随分と形になった気がする。
そのまま、医師が消えた部屋に行き、ノックをしてみたが、
何の応答も帰っては来なかった。
ただ紙に何かを書き付ける、サラサラカリカリという音は、
絶え間なく聞こえてくるのだが。

「冷めてしまいますよー? 仕方がないなぁ、もう・・・」

直ぐに暖め直せるように、粥は鍋に戻すこととして、
伽藺は掃除の続きに移った。

広い廊下、元は良いものだったのだろう、長大な絨毯。
いつか、余裕のある時に洗濯したら、綺麗な模様が現れるだろう。
家事などはあまり、得意とはしなかったが、掃除や洗濯の後の、
布地や家具の、美しい姿が蘇る瞬間が、伽藺は好きだった。

廊下も大体を拭き終わった頃、やっと作業を終えたらしい医師が、
大声で名を呼んでいた。

「はいはい、ただいまー!!」

一食分を盆に乗せて持って行き、姿を現した医師の前に差し出す。

医師は少し驚いた。
逃げはしないだろうと、希望的観測を抱いてはいたものの、
まさかこうも意欲的に家事など行っているとは。

暖かな湯気を上げる食事もだが、廊下の光沢が久し振りに戻っている。
通例では彼によって手酷い、『治療』や『検査』を受けた者は、
逃げ出すかあるいは、怯えきって大人しくしているか、
反撃に出ようとするかと、大体パターンは決まっていた。

しかしこのパターンは初めてだった。
この半妖は、医師の予想をよく分からないところで、裏切る。

(こいつ判っているのか? 自分が殺されかけたことを。
虫けら同然の扱いを受けたことを。
そんなことを、したばかりの相手の、家事雑用を進んでやる?
・・・どういう神経をしているんだ)

真性のマゾヒストなのか、ただ神経が麻痺しているのか。
こうした経験だけは、積んでいる医師であれ、
理解に苦しむところだった。
そんな、新たな興味の芽生えを感じつつも、腹は減る。

「ほう、愚鈍な貴様にしては、手際がいいじゃないか」

食膳をリビングへと運ばせながらも、盆の上から漂ういい匂いに、
空腹中枢が刺激された。
椅子に落ち着くと、一口、また一口と、黙々と粥を食した。

アッシュは性格上、決して正しい意味での、褒め言葉は言わない。
「美味い」と思った時に「美味い」とは言わない。
ただ単なる天の邪鬼の様に、「不味い」と言うわけでもない。
「不味い」というのは、「不味い」と思った時だけに、言う。

だからこうして、黙って食っているならそれは、
美味いという意思表示だった。
その様子が伽藺には少し可愛らしく思えた。

「ところで。これはもうこれで、終わりか?」

ふと見ればもう、皿は空になっていた。
綺麗に片付けられた皿を見て、伽藺は嬉しそうに笑いつつも、
少し困ったような呟きを漏らした。

「お粥は、米から炊かないといけませんので、作るには少々、
時間がかかりますね。
あぁでも、卵焼きくらいなら簡単に、作れますよ?」
「ならばそれでいい。食えれば何でも構わん。すぐに作れ」
「了解致しました」

静かに告げて台所に戻ると、卵といくばくかの野菜とソーセージで、
一品料理を作ってリビングに戻り、医師の前にそっと置いた。
医師は、出された皿の匂いに、また食欲がそそられたのか、
珍しく悪意のない、純粋な意味での笑みを、浮かべた。

睡眠欲を満たし研究欲を満たし、食欲を満たせばそれだけで、
本当に上機嫌になる。
まさにこの医師の精神構造は、動物と同じようなものだった。
歌でも口ずさまんような、機嫌のよさだったが、残念ながら彼には、
音楽への興味がこれっぽっちもなかった。

医師・・・その名が、『アッシュ・クイン』であると、
先ほど知ったばかりなのだが。
空腹を満たそうとする、アッシュ医師の隣で、呼び掛ける。

「ええとあのですねぇ。調味料と食材をいくばくか、それから、
着替える衣服を買いに出たいのですが、構いませんか・・・?」
「調味料と食材、それに服だと?
どうせ家中漁ったのだろうが、それじゃあ足りんのか??」
「ソース類はあるようなのですが、恥ずかしながら何が何なのか、
よく分からないので、醤油や味醂を探しに行こうかと。
もう少し、ましなものもお作り出来ると、思いますよ?」

伽藺も料理は、特別得意という訳ではないが、簡単なものなら、
便宜的にという程度には作れる。
馴染んだ調味料があれば、もう少し手の込んだものが、
作れそうなのだが。

「ソース・・・、ウスターソースのことか?
マヨネーズやケチャップも、総称して言っているのか?
料理にソース類を使わんのか、つくづく貴様おかしな奴だ」
「んー、故郷の料理ではあまり、使うことはありませんでしたね」
「民族や文化の問題か?
そして醤油に、・・・みそ? ・・・が、欲しいと。
よくわからんが、必要なら買ってこい。俺の財布を持って行け」

ぽーん、と高く放り投げた財布を、伽藺が慌ててキャッチする。

非常に稀なことではあるが、この時のアッシュは作業が上手くいき、
更には、美味いものにありつき、精神的にも肉体的にも満たされ、
純粋に機嫌がよかった。
だからすぐに許可は下りた。

「いいだろう。この辺りの地図は正面玄関の辺りに貼ってある。
商店はマークしてあるはずだ。用事が済めば早く戻れ」
「はい」

よほどのことが無い限り、目的の場所と自分の屋敷の往復しか、
この医師はしなかった。
なので他者にもそれを求める部分がある。
伽藺を拾う時、普段は行かない林に、足を踏み入れていたのは、
滅多にない事だったのである。

・・・そこに、彼にとって重要な出会いが、待っていると、
第六感のようなもので、感じ取っていたからのかも、知れないが。

伽藺は外出の許可を得ると、クローゼットの中から比較的、
埃の被っていない、しかし普段から使っている訳でも、なさそうな、
コートを一着取り出した。
肩幅があきらかに違うのか、袖がぶかぶかと余ったので、
軽く一つ折り返して着る。

「お借りしますね。じゃあ、行って来ます」

金の入った財布を預かり、地図で確認した市場へと向かう。
屋外の風は冷たく、冬の訪れを予感させた。

再び屋敷が静寂で包まれる。
ふと立って、リビングに置いてある本棚から一冊、
「拷問全集」なる書物を抜き出すと、愉しそうにページを捲った。



『どういう神経をしているんだ?』

と、医師が不思議に思った事は、実は伽藺の生活暦・・・。
特に出生地の環境を考えれば、納得のいくものだった。
外の世界に出て来てから、つまり17歳から以後の生活でも、
誰かに仕えることの多い日々だったのだが。

彼の出生地は、ムロマチの奥深い山村にある、隠れ里であった。
そこに棲む者の殆どは、妖怪と呼ばれる、異界の魔物を使役する、
魔物召喚士である。
というより、魔物も使役出来なくては、一人前として認められない。
里がそうなった経緯は、おいておくとして、伽藺も例に漏れず、
11の歳に妖狐を捕獲し、使役することとなった。

この妖魔捕獲の儀式は、大人が立会いはするものの、基本的には、
子供本人の力でやり遂げるものとされる。

なので彼らは幼少の頃より、妖魔を支配するにはまず、『勝つ』事。
勝てば支配するし、負ければ支配される。それは当然のこと。
そして支配者には絶対服従。
但し、返り討てる力を持つようになるまでは、といった観念が、
ごくごく常識的なものとして、植え込まれてしまうのだ。

暴虐ともいえる行為にも、反旗を翻さないのは。
単に伽藺自身が、今は反抗したところで、打ち勝てないと、
判断しているからなのかも知れない。
『反抗するほどではない』という、判断の上なのかも知れないが。
少なくとも、支配されている状況でもなるべく、支配者と仲良くし、
日々の生活の苦労を、少なくする術を、選んでいるようだった。

捕獲された妖の殆どが、それを選ぶのと同じように。

奴隷体質と言われれば、そうなのかも知れない。
そして逆に、支配者体質とも言えるのかも、知れない。
彼らの常識には、支配するかされるか、その二択しか無いのだから。

10歳になって少しくらいの頃。
『儀式』で初めて、妖魔の世界を覗いて、伽藺は知った。

妖魔・・・、魑魅魍魎たちの中では、力こそが絶対正義。
連立などは無く、支配と被支配だけで、成り立っていた。
此れこそ、此れこそ、此れこそ。

『儀式』が、成功するまでに、数回の挑戦を行った。
そしてその度に、強く強く確信したのだった。
自分は・・・。

『こちら側の存在』なのだと。



「やっぱり鰹節と鯖節なら、鰹の方が一般向けかなぁ」

倭の食材を探すのは、大変かと思ったが、現在の世界の覇権を、
ムロマチ政権が握っているためか、比較的簡単に揃えることが出来た。
倭服も安くで出ていたので、なるべく質素なものを2~3着と、
肌着・防寒着の類を選ぶ。
防寒着で、少し出費が嵩んでしまったが、まぁ『借金』に、
加算されるのだろう。

「・・・・・・」

無駄遣いかもしれないが。
どうしても、欲しいものがあったので、つい手が伸びる。
怒られるだろうか・・・、でもきっと美味しいし・・・、
ドクターも気に入ると思うけど、でも甘党じゃなかったらどうしよう。
そんなことを考えつつも、出した手は止まらない。

「目が高いねお兄ちゃん! これは今日届いたばっかりの、
最高級の小豆粉だよ!!」
「・・・ですよね」

目が合ってしまってはもう駄目だった。
上新粉、和三盆糖、黒みつ、もち米、寒天と買い込んでしまう。

「ひ、必要経費・・・、だよ・・・ねっ」

自分に言い聞かせながら、帰宅した頃には。
もう空はすっかりと暗くなっていた。

「お・・・お食事作りますねーっ!
肉じゃがにしますよ、肉じゃがーっ!!」

調味料や食材よりも。
和菓子材料類を、多く買い込んだ買い物袋を見られまいと、
伽藺はばたばたと台所に駆け込んだ。
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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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