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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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そして話している間にも、食物は順当に消費されていた。



アッシュは1人だと面倒が勝って、食卓らしきものを用意するより、
栄養剤に頼る事も多かったが、本来ものを食べる事は好きだった。
とりわけ、温かい料理というのは本当に、久しいものだったので、
純粋に嬉しかった。

喋りながらの食事は、行儀が悪かったかもしれないが、それも、
純粋に食事の時間を楽しんでいたからだった。
『誰かと幸福な時間を共有する』
辛うじて、そういった人間らしさだけは、備えているようだった。

ふと、思い出したかのように顔を上げて
時計の針が21時を指している事を確認し
問いかけた

「貴様は食わんのか?
・・・もっともこの後、22時よりの実験を受けるにあたり、
空腹を選ぶか、腹に何か入った状態を選ぶかは、被験者の自由だが」
「ぇ・・・あ、僕の食事は・・・、・・・う・・・っ」

『実験』の時間まであと1時間。
昨日は早々に意識を失ったため、そう酷いことはされなかったが、
(とはいえ、普通の人間なら多分、命は無かったであろうところまで、
痛め付けられはしたようだが)
今日は・・・油断は出来ない・・・。

下手なことをされて、嘔吐やらそれ以上の不始末を、
させられる事があれば。
(さすがにそういったことをさせて、悦ぶ趣味は無いと思いたいけれど、
世間には色々な、特殊嗜好の者がいることくらい、伽藺も知っている)
掃除するのはどうせ自分だ、手間は少ない方がいい。

「お腹・・・空いてないんで・・・」

それは嘘だったが、植物の妖であるゆえ、固形物は摂取せずとも、
ひと月程は生きる事が可能であった。
水分も、よほど大量に摂らない限りは、まとまった形で、
体外に出す必要は無い。
光に当たると反応し、酸素と共に水蒸気として、排出されてゆく。

もっとも昨晩からこっち、様々な形で体液を搾り取られた上、
点滴液を血管に直接注入されていて、勝手が変わっている可能性は、
否めないのだが・・・。

「食事はとらんか。くっく・・・賢明だ」

相手の心の内の不安を、見透かすように、肩を揺らしてアッシュは笑う。
楽しみは後に取っておくために、それ以上その場では何も言わない。
とりあえず伽藺は、『実験』とやらが始まるまで、飲食は控えようと。
小さく心に誓い、「あぁそうだ」と話を、切り替えた。

「ドクターが、お食事している間に、食後のご一服の用意を、
しようと思っていたんです。
蒸すのに、10分少々のお時間がかかりますが、少しお待ち下さいね。
・・・食堂まで、出向いて来て下さっても、宜しいのですが」
「・・・一服? 煙草なら、自室にあるが?」

『蒸す』とは何のことだろう。
アッシュがその疑問を口にする前に、小さく会釈をして伽藺は出て行った。
実験動物が1匹、減っただけ・・・なのだが。
その空間は奇妙に広く、もの哀しく思えた。

(あのモルモットが、思った以上に賑やか過ぎたからだ、きっと)

逃げるはずはない、そう確認した直後だというのに、あの焦燥感がまた、
襲って来そうで。
手早く食卓を空にすると、昼に書き散らした紙片をまた、推敲し始めた。
こういう時は何か、強く興味が持てる文書に、没頭するのが一番いい。



つい、長話をしてしまった。酒種は膨らみ過ぎて、いないだろうか。

ボウルの中を覗き込み、伽藺はほぅと息をついた。
種はなんとか無事だった。
この薄力粉と山芋、清酒で練った酒粕を加えた生地を、薄く延ばして、
小さく丸めておいた餡に巻き付ける。

そのまま蒸し器に入れ、強火で10分ほど蒸すと。
甘い香りと同時に、ふんわりと酒の匂いが広がる。

肉じゃが、味噌汁、漬物、焼き椎茸。甘味を控えた塩味主体の食卓に、
アッシュ医師は喉の渇きを、覚えてきたことだろう。
其処に、絶妙のタイミングで暖かい玉露と、この酒饅頭を出す。

この酒饅頭は餡にも酒粕を加えている。
本来はやらない事なのだが、台所を見る限り普段から、
酒びたりの生活をしてるっぽい彼が、『ほんのりお酒風味』くらいで、
満足するとは思えなかったからだ。
和菓子独特の淡い甘さには、後々慣れて貰うとしよう。
今は『美味い』と思って貰うことの方が重要だ。

付け合せの玉露は、香りの高い上物。

それを50度の低温で、三分間かけて蒸らし淹れる。
喉の渇きに任せて、一気に流し込んでも、充分賞味に耐えうる温度だ。
二煎目からは、70度ほどのお湯で、二分で淹れる。

確かに料理となると、幼少時は女中たちに、旅に出てからも、
式神に頼っていてろくに、作ったことも無かったが。
茶の湯と菓子作りに関しては、かつて小さな店を経営したこともある、
専門家であった。
描いた『絶妙のタイミング』からは、少し遅れてしまったが、
これはこれで焦らす効果になり、良かったかも知れない。

彼には、従兄のような膂力と意志力が、ある訳でもない。
実弟のように鉄壁の防御・治癒力を誇るわけでもない。
『幻』の属性を持つ彼が、今この場所で出来ることは、
千夜一夜物語のシェヘラザードのように、
自分が如何に役に立つか、この医師に知らしめるくらいである。

後宮女の生き方かと嗤われそうだが、其れは其れで構わなかった。
死ねないのなら生きるしかない。
そしてどうせ生きるなら、怯えて泣き暮らして生きるよりも、
自分の住環境くらいは整えて、心地良く過ごす方がいいに、
決まっているのだ。



「お待たせしました、食後のお茶とお菓子ですよ」

医師の部屋に戻り、書類に何やら書き足していたらしい彼の前に、
盆を置く。
蒸したての酒饅頭の湯気が、そのまま立ち昇って彼の鼻腔を、
くすぐるように。

食後の一服といえば、アッシュの常識では、煙草か酒であった。
しかし、持ってきたのは茶だったので、ちょっと不思議そうな顔をする。

茶を飲むという習慣自体、彼はあまり持たないものであった。
喉が渇けば酒を飲む。酒が入らないほうが、好ましい状況下においては、
軽く煮沸した湯冷ましの水を飲む程度だ。

『饅頭』という菓子もあまり食べたことはない。
いつか幼い頃に、使用人から供されたものを、口にした記憶はあるが、
特別に美味いものじゃなかった気がする。
特に、『酒饅頭』などというのは、初めて見るものだった。

酒の香りに魅せられながら、一口食べる

「お口に・・・合いますか?」

ふわりと微笑むと、伽藺も医師の隣に、座った。

「・・・・・。まずくは・・・ない」

美味いと思った、が、やはり言いはしない。
今度は撫でるなどして褒めもしない。
それだけ、素直に美味かったので、反応に困ったのだった。
ほかほかと暖かく、胃に心地良いデザートなど、振舞われたことも無い。
・・・少しの沈黙ののち、ぽつりと呟いた。

「また作れ」

食べ終わると玉露を傾けて目を細める。
身体の芯から温まる。いつもの殺伐とした気分が、嘘のように和らいだ。
これが『幸福感』というものか? 夢見心地に、しばしの間、浸る。

アッシュが満足げに、湯のみを口に運んでいるのを、見ていると。
伽藺も、何ともいえない幸せな気分に、満たされて来た。
彼は『茶』の時間が好きで、それを楽しむ人の顔を見るのも、
好きであった。



そっと目を閉じて、場の香りを感じると、風も吹いていないのに、
伽藺の頭の柳葉がふわふわと揺れる。
ふわ、ふわ、ふわ。
揺れは少しずつ速度を落とし、やがてぴたりと動かなくなった。
続いて、アッシュの耳に、小さな寝息。

・・・・・・。
夢見心地は所詮夢、一時の快楽にすぎない。

伽藺の寝息に、今の時間と自分の本分を、思い出し。
うとうととしていた伽藺に、下膳を命じて部屋から追い出した。

「22時に地下の実験室だ、忘れるな」

鼠の尻尾のように、長くて細い後ろ髪を跳ねさせる背中に、
もう一度強く念を押して。
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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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