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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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「・・・入るがいい、婿殿よ」

重々しく響く声が告げる。
魔城の奥、謁見の間に通された伽藺、いや・・・伽藺に姿を変えた柳伽は、
静かに顔を伏せていた。
ゆっくりゆっくりと歩を進め、そしていたりと足を止めると、・・・顔を上げる。
其処には大きな獣の顔。

全体的な印象は、虎に似ているとでも、言えばいいのだろうか。
ただし牙がひどく鋭く長い。そして曲がりくねった角が生えている。
口元から生えた長い髭は胸元まで落ちている。
仰々しい皇帝服に包まれているため、体がどうなのかはよくわからない。
しかし体型は人間寄りなようだ。
人間の平均よりも遥かに筋肉が発達していて、身の丈2mは軽く越していそうではあったが。

「名は何であったかのう、人と妖の渡し舟たる者よ」
「暮蒔・・・、伽藺と申します、妖の王よ・・・」

静かにひざまづき、瞳を閉じて頭を下げると、「良い」と声が掛かった。

「ほほ、力を抜いて楽にせい。そなたは我が娘と婚姻を結ぶ身よ。
我からしても息子のような存在じゃ」
「はっ・・・、お言葉、光栄に御座います・・・」

視界が開けた瞬間、二つの大きな瞳と、視線が合った。
少し驚いたがなるべく平静を装い、自らの顔を覗き込むその人物を見遣った。

獣のような縦瞳孔の瞳をしているが、人間基準でも美しいと言える、野生的な娘だった。
姫君らしい、煌びやかな装いをしているが、腕や足などは大胆に露出している。
髪は艶のある黄金色で、高々と複雑な形で結い上げてあり、何本もの簪や花飾りで彩られていた。

「これ、ミュウよ。そなたの婿殿とはいえ、まだ祝言を挙げておらぬのだ。あまり近う寄るでないわ」
『あっは、ごめんねぇ父上! どんなヒトなのかなぁと思って!!』

妖たちの言葉で返すと、ミュウと呼ばれた娘は再び、柳伽に向き直った。

「ハジメマシテv アタシ、は、ミュウリーシャ」
『貴女たちの言葉で結構です』

妖界の言葉で返すと、その瞳がきらりときらめいた。

『あら! なら気を使うことはないわね、嬉しいわ!!
・・・ふぅん、ニンゲンの男って初めて見たけど、案外細っこいのね。アタシと大して変わらないかも』

ふんふん、と鼻を鳴らして周囲を回る妖の姫に、困ったような笑顔を向けて答える。

『私は・・・特別脆弱な方です。人間にもいろいろいますから、貴方に似合った体格の男性もいますよ』
『ふぅん・・・』

ぺろりと唇を舐めて、ミュウリーシャ姫が視線を合わせる。

『でも、妖力は申し分ないみたいね。気に入ったわ』
『・・・・・・有難うございます・・・』
「ミュウ、そろそろ戻りなさい」
『はぁい!』

つまらなそうに返すと、姫は素早く身を翻した。
ドレスの腰に結ばれたリボンの下から、霊的な炎を纏った虎縞の三本の尻尾が覗く。

「困った娘で済まぬな。人の世での、礼儀は教えたつもりだが、一向に実践しようとせぬ・・・」
「いいえ。それより・・・思っていたよりも人の姿に近い、美しい姫君であらせられたので、
そちらの方に驚きました」
「ははは、変化の術法だけはどうやら、得意なようでな。ちゃんと人に見えるなら幸いだ」

どうやら今の姿は、変化によって人に近付けているらしい。
本当の姿は多分この王と、似たようなものなのだろう。

「変化ですか。では私も多少なりと姿を、変えた方が宜しいのでしょうか」
「良い。我らは人間ほどに、見た目に拘ることはない。娘は既に妖力の強さが気に入ったようだしのう」
「そうで御座いますか・・・」
「だからな・・・?」

王がゆっくりと近付き、柳伽の肩をがしりと掴んだ。それだけで倒れてしまいそうな、圧倒的な膂力と重量。

『そなたも姿を戻して良いぞ』
『あら。やっぱり、見破られた?』

次の瞬間、しゅるるるるっと柳伽の背中を破り、細くしなる何本もの枝が王の手を薙ぎ払った。
そのまま玉座までたんと跳び、横に控えていた侍女を、ぐるぐる巻きにする。

『は・・・! な、何を・・・』
『大人しくしてくださいな、ミュウリーシャ姫』
『!!』

侍女はぎりり、と唇を噛んだ。そこに、先程ミュウリーシャを名乗った少女が、飛び込んで来る。

『貴様・・・姫を離せ!!』

鉤爪の生えた腕に霊力の炎を纏わせているが、柳伽が繰り出した枝に巻き取られて炎もかき消えてしまう。

『ふぅ、本物の炎だったら樹妖の私には怖かったところだけど、ただの妖力の塊で良かったわ』
『・・・・・・ッッ!!』

もがく少女の頚部に枝を巻き付けると、一瞬にしてかくりと力を失い、倒れた。
みるみるうちにその姿は、角の生えた虎人といった姿に、戻って行く。

『肉体的に脆弱な、か細い人の姿に変化していたのが、命取りだったわねぇ。
ごめんなさいね影武者さん』

そして再び王を見遣る。

『人質を取る・・・とは、あまりスマートなやり方じゃないけれど、多勢に無勢だから仕方がないの。
さて、お姫様が心配ならば、お話を聞いて下さります?』
『ふっ・・・姫が心配ならだと。それは妖の王たる我に、言っているのか?』
『・・・・・・。そうですね、妖の世界は人などよりよほど、弱肉強食。
姫君とはいえ、曲者にやすやすと捕まってしまうようでは、生きる価値もないもの・・・と、
思われて当然ですね・・・』

本物のミュウリーシャは、懸命にもがいていた。
しかし、細くしなる柳の枝で何重にも縛られているため、身動きがとれずにいた。
口も手足も封じられているから、妖術を使うことも出来はしない。
妖としての元の姿に戻れば、運が良くば拘束を破れるかも知れないが、力負けした場合は締め付けられて、
気を失うか骨を折られるかになるだろう。

『ですからね、もっと沢山の人質を、取ることにしたのです』
『ん・・・?』

言うか言わないかのうちに、一瞬にして城全体を柳の枝が覆い、兵士たちを締め上げた。
姫君を捕らわれて、どう動くべきか逡巡していた兵士は、瞬く間に拘束され・・・そして意識を奪われた。

『・・・・・・・っな・・・!!』
『100年、かかりました。此処に戻って来るまでね。
最近このお城を奪った貴方は、気付かなかったのかしら。
100年前から・・・ずっと私は・・・、この辺り一帯に種を蒔いては根を地中深くに伸ばして、
この時を待っていたのですよ・・・?』

『王』を名乗るこの豪族もまた、勢力争いの中でこの城を、手に入れた者だった。
暮蒔との契約についても、多分に前の城主だった豪族に仕えていた妖から、話を聞き出したのだろう。
しかし流石に戦慣れしているだけはあった。
四方八方から襲い来る枝を、刃渡りだけでも人の身長はあるような剣で、斬り払っていった。
そうこうしている間にも、内部にまで根を張られ伸ばされ、組織を崩された城がびしびしとひび割れてゆく。

『・・・往生際が悪いですよ?
純粋な力や妖力では貴方が上でも、ほんの何年か前にここに来たばかりの貴方が、
100年をかけて準備を行った私に、勝てると思うのですか』
「それが勝てちゃうのよねぇ! ふふ、妖力に頼らない炎くらい、こっちも用意してるのよぅ♪」
「・・・ぇ・・・!?」

言うが早いか柳伽の背を、大きな炎の球が焼いた。
伸ばしていた枝は焼き切られ、捕らえていたミュウリーシャを、ごとりと落とした。

「な、何で・・・これは妖力ではない、本物の・・・精霊の火!?」

ネバーランド世界に存在する火は、その大体が精霊力から発したものだ。
それは『妖』と呼ばれる者たちの殆どには、いくら妖力を鍛えても防御出来ないものであり、
強力な弱みとなる。
かの世界では、『清めの炎』と呼ばれるのも、それが所以である。

しかしそれだけに、妖界で精霊力の炎を扱える者は、いたく少ない。
一見すれば炎に見える『狐火』『不知火』なども、実際は妖力が濃縮されて発光しているに過ぎないのだ。
だから柳伽は・・・この城には、精霊力を扱う炎使いは、いるとは思っていなかった。

「どういう・・・!」

背を焼く熱に耐えて振り向いた時には、眼前に黒い影が舞っていた。
黒くて赤い、視界を覆う、影。

「ッッ!!」
「・・・めんな、伽藺・・・」

静かな声を聞いた気がした。何かを噛み潰したような沈痛な声・・・。
そして、的確に鳩尾を狙う衝撃に、柳伽はその意識を手放した。



「あ・・・、はああぁぁあ!?」

城の前に戻った瞬間、威紺は間の抜けた声をあげて、それを見上げた。

あの華やかかつ禍々しかった岩造りの城は、今は何かの植物に覆われ入り口もわからない状態であった。
門番をしていた馬と蝦蟇の兵士も、植物に巻き付かれ意識を失っている。
死んでいる訳では無さそうだったが、気道を圧迫された結果のようだ。

「柳・・・ですね・・・」

まるで蔦のように絡まり合ってはいたが、特徴的な枝葉の形状を見て呟く希鈴。

「柳伽サマですル!」
「・・・・・・ひぃ祖母さんがやったのか。しかし・・・すごいな・・・。
祖母さんが、柳の樹妖だとは聞いていたが、こりゃあ相当な霊力持ちだぜ・・・」
「柳伽サマ自体は、それほど強力な樹妖では、ありませんですル。
ただ・・・この日にために、100年・・・準備をしてきた、と、言われておりましタ」
「100年・・・」

一族の者を妖界に嫁がせる周期が、ちょうど100年に一度である。

「つまりは、前回から用意してたっていう訳か、女は恐ろしいねェ」
「そういえば曾祖母上は、元は前回に嫁いだ方・・・つまり私たちの曾々祖母上の、式であったはず」
「・・・・・・」

主の無念を・・・悲劇を・・・、繰り返させない・・・ために。
生まれた子を託されて、この城を出た時から、数えて100年。
ずっとこの日を待って来たのだろう。
自らの分身である『柳絮』を、この城の周囲に埋めて・・・。

「これが、ひぃ祖母さんの分身とするなら、下手に傷付けない方がいいな」
「けど・・・このままでは、中に入ることさえも、困難ですよ・・・」
「一人ずつなら行けるだろう。まずはおれが行って来るわ」
「威紺殿!?」

頭領補佐の言葉に一行が沸き立つ。

「い、威紺殿が御自ら出向かれなくとも、我らのうちの誰かを、向かわせれば良いでしょう!」
「・・・ってなァ」

ぼりぼり、と、後頭部を掻きながら、威紺。

「考えてもみろよ。ここは・・・敵サンの本拠地だ。そんで、この様子だ」

柳枝でびっしりと包まれた城を指す。

「多分この状態なら、ひぃ祖母さん・・・ああぁもう面倒だな、祖母さんでいいや。
祖母さんは、今まで積み上げて来た準備とやらを、完全に解き放っちまった。
つまり切り札を出しちまったって事だな・・・」

神妙な顔で考察を聞く民たち。

「それで制圧出来たならいいさ。中に入って行っても、危険なことは無いだろう。
祖母さんが、どのくらい強いのかおれは知らんし、今どうなってるのかもわからねェ。
まぁ相打ち覚悟で行ったのだとしたら、引きずり出して来てやるくらいは・・・、
曾孫の勤めとしてやるべきかなとは思う」

きゅーん、と悲しそうに鼻を鳴らしたのは、妖狐であった。

「で、だよ。次は悪い予想、祖母さんが失敗してた場合。
まぁ雑魚はどーにかしたんだろう、あの門番らを見てる分にな」

柳枝に絡み付かれ、昏睡状態にある兵士たちを指す。

「しかしな・・・ということは、残ってるヤツは・・・多分、強力な筈だぜ。
ただのはぐれ妖怪じゃない、ちょっとヤバいやつにブチ当たったとして、
一番・・・生きて返って来れる確率があるのは・・・」

この中では、戦士として一番強力な、威紺しかいない。

「その場合は全員で取り掛かるか、あるいは全力で・・・撤退だ。
まぁこの調子だと、内部も乱戦が出来るほど、綺麗な状態じゃないだろう。
祖母さんのことは諦めた方がいいかも知れん」

ということだから、と、入り口らしき門を塞ぐ枝を掻き分け。

「・・・・・・この、匂い・・・」

威紺は眉根を寄せ、後に控える頭領と里の民らに、改めて告げた。

「やっぱちょっと、ヤバいかも知れん。何でか知らんが、内側から何か燃える匂いがする」
「な・・・!」

ざわりと沸き立つ民を制して威紺が続けた。

「心配するな。ヤバいっていったのは、祖母さんがもう駄目かも知れん、って意味だ。
樹妖に限らず妖怪は火の苦手なヤツが多い。そんで・・・おれは・・・」

相棒ともいうべき、腰に挿した刃渡りの短い、蛮刀を叩く。

「炎使いだ。だから心配は・・・多分いらねェ。多少の火なら支配し返すさ。
けど中の状態が読めないのが辛い。だから・・・、30分だ・・・」

指を三本、立てて見せる。

「そんなけありゃあ、中がどれだけぐちゃぐちゃだろうが、探し尽くすことは出来るだろ。
30分で、おれも帰らない・・・何の変化も見られない、となったら・・・。
とっとと撤退してくれ。
元々この世界全体に流れる瘴気は、人間にはちとキツいとこあるしな?」

言って、狐を胸に抱いた、頭領を見つめる。
希鈴は・・・言葉の厳しさに比べて、従兄の瞳がきらきらと輝いていることに、
深く深くため息をついた。

確かに状況はわからず、不気味で・・・厳しい。けれどこの男は・・・。

楽しんでる。
完全にこれは、探検ごっこに胸を踊らせる、少年のそれだ。

「30分きっかりで、帰りますからね」
「おうよ☆」

上機嫌に返すと、威紺はどうにか枝の間から門をこじ開け、城の中に消えていった。

「・・・・・・本当に、勝手なんですから、ね。
けれど・・・気味・・・悪いです、・・・ね・・・」
「ふぇ?」

頭領の呟きに、妖狐がその尖った鼻を、くいと上げた。

「いえ・・・。よくは・・・わからないのですが、気配が・・・気持ち悪いんです。
何か、見知った方の気配があるような、でも違うような・・・、うーん・・・」

得体の知れない不快感を抱きながら、希鈴は懐中に仕舞い込んでいた、時計を取り出した。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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