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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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弟の気持ちは、実はわかっていた。
実の姉である私を見る瞳が、ただの長上に対する思慕だけではないと。
気付いていたけれど、気付かないふりをしていた。
鈍感な姉を演じていた。

従妹の気持ちにだって気付いていた。
とはいえこちらには、どう応えていいのかどうか、わからなかったが。
我侭で強気で狡猾で・・・けれど、とても淋しがり屋の可愛い従妹。
彼女の胸の奥に潜む孤独を、私は誰よりも見てきたはずだから。

『磨凛を、お願いね』

そう言ってお師様は息を引き取った。
里を襲う未曾有の聞きを救うために、全身全霊を掛けて戦士として巫女として、
戦った結果の死であった。

18歳。まだうら若き身でありながら、幼い娘を置いて死ぬことが、どれだけ辛かっただろう。
だから私は従妹を可愛がった。
そして、彼女の母がどれだけ立派な方なのか、飽きることなく語って聞かせた・・・。
まだ当時2歳のあの子が、自身の血統について過剰な誇りを持っても、それは当然であった。
けれど私もあの時には、まだたったの9歳でしか無かったのだ。

やがて、妻を亡くしてから仕事をし通しだった若長が、新たな妻となるのだろう女性を連れ帰った。
しかもその時にはもう、彼女との間に既に5歳となる一男を、授かっていた。
ずっと留守がちだった父が、敬うべき・・・里のために散った母を忘れ、新たな妻を迎えること。
まだ10歳にも満たない娘には、納得できないことだったのだろう。

あの子・・・、磨凛は父を拒否し、新しい母を拒否した。
確かに、若長とお師様は里のしきたりで決められた結婚であり、カテリーン様は純粋に恋愛の末の、
結婚だったのだろう。
若長様のカテリーン様贔屓は、磨凛にとって辛いものだったに違いない。母を冒涜されているようで。
しかもその胎内には、さらに新しい命が宿っていると知るやいなや、手段を問わない攻撃に出て、
異国の入り嫁を追い出そうとした。

カテリーン様・・・、異国から来た新しい奥方様は、気性の良さそうな方だったが、
里の言葉もまだあまり話せない上に、日々の生活習慣が全く違っていた。
箸を使わず手指で食事を行おうとするさま、着物をうまく着ることが出来ず着崩してしまうところ、
私たちの常識ではまるで肌着のように見える服一枚で歩く様子・・・。
攻撃の理由はいくらでもあった。そして磨凛は幼いながら女中たちに対しても、
多大な発言力を有していた。

やがて次男を産む頃には、カテリーン様は心を病んでおられた。
若長様は彼女を連れて、その故郷であるエディンという国に、戻ってしまった。
ただし、お子様・・・伽藺と希鈴を連れて行くことは、年寄りたちが許さなかった。
伽藺の教育係には私が任命され、希鈴は乳母の乳で育てられることになった。

勿論、磨凛の憎しみは、その二人の子供に残る。
特に上の伽藺に対しては、時期里長として扱われているということと、
私を取られたと、思う気持ちが混ざったのだろう、随分と複雑な感情があったようである。

あまり可愛がると磨凛のやきもちがひどくなる。
本気になれば、相手の生命さえ脅かすほどの残酷なことを、やってのける娘だ。
私は、自らの手で伽藺を守ることは諦め、弟の威紺を近付かせることにした。
元々似たような背格好であったが、さらにまじないで容姿を近くし、
『其方は伽藺の影武者として、あの子を守る使命を受けたのだ』と・・・。
・・・・・・騙して・・・。

威紺はその通り、伽藺をよく守ってくれた。
けれど元々冒険心の強い子だったのだろう、12になった歳に町に出たいと言い出した。
15になったら、必ず帰ると約束させ、旅立ちを認めた。
さすがにもう伽藺も、自らの身を守る術を覚えただろうし、磨凛とて無茶なことはしないだろうと、
そう思ったのだ。

・・・甘かった。

伽藺は・・・とある事故に巻き込まれ(それが本当に『事故』だったのか、今でも私はわからない)、
その影響で魔力を封じられて、ほぼ軟禁生活になり・・・明るさを失い・・・。
さらに失踪して他国に逃げてしまい(この一件にも磨凛が絡んでいたようである)。
それを知った威紺は悔いて・・・、元の奔放な明朗さを潜めてしまって・・・。

そんな経緯のせいなのか、威紺は里のしきたりや空気を、嫌うようになってしまった。
だからどんなに良い縁談の話があっても、首を縦に振ることは無かった。
さらにいつからか、どんな女性に対する視線よりも、私に向ける視線の方が強くなっていることに、
気がついてしまった。
とはいえ、実の弟からの恋愛感情など、受け止め方も流し方も私は知らない。

磨凛も・・・、父に対する不信感からだろうか、男性への嫌悪感情が強くなってしまった。
同時にその反動なのだろうか、女性への性的興味も持ち始めたようで、常に若い女中を侍らせては、
昼夜を問わずに肌触れ合っていた。
それでも、やはり本気の恋慕というのは、私に対して向けられていた。

実弟と従妹。どちらも私に向ける瞳は似ていながら、その性格は全く違っていた。
そしてまた二人は犬猿の仲でもあった。
決して打ち解けない二人は、同じ里にいてもほぼ話すことはなく、
また威紺はことあるごとに里の外に出たがっていた。

・・・けれど、あの二人が決定的に、決裂したのは・・・。


「阿今? どうかしたのかい、風邪をひくよ」

引き戸が開いて、今はもう聞き慣れた優しい声が、私の耳朶に触れた。

「貴方・・・」

40目前にして結婚に頷いた理由は、弟が多分もう・・・この里で結婚し、
子を設けることはないだろうと踏んだからである。
勿論、自分の結婚を機に変わるだろうかという気持ちも、なくはなかったが。

そもそも、幼い磨凛に間違った優越感を植え付け、それが長じて伽藺や希鈴を苦しめることになり、
結果として威紺が絶望することになった・・・。
その全ての原因である自分が結婚などで、簡単に幸せになってはいけないと、
そう・・・思い込んでいた・・・。

けれど阿今も30半ばを過ぎた。
たった一人の弟である威紺が、跡取りを作らないのだとしたら、
自分が作らなくては八珠堂の家は終わってしまう。

過去は8つあった暮蒔の分家も、今はこの家系のみになってしまった。
数々の古いしきたりは、阿今もあまり好きでは無かったが、それでも絶やすわけにはいかない。
私たちは・・・暮蒔の家を、そして里を・・・守るための・・・、戦士家なのだから・・・。

「大丈夫です、私は鍛えていますゆえ。貴方こそ外に出ては、風邪をひいてしまいますよ」

縁側から呼ぶ夫に近付く。ぴったりと横に寄り添うと、その頭は阿今の肩の下に見える。
180cmを超える阿今に比べて、夫は小男といってもおかしくない、背丈の持ち主であった。
さらには阿今より、年齢も一回り近く上である。彼女のような武術の達人でもない。
けれどもこの男性の包容力と深い叡智を、阿今は尊敬していたし好ましく思っていた。

八珠堂家に婿に来てくれたという事以上に、この男性が自分に与えてくれる安らぎと幸福に、
阿今は感謝していた。

「どうかしたのかい阿今。何だか・・・とても悲しそうだ・・・」
「いいえ、何でもないのですよ、貴方」

作られた笑顔にも気付いたらしい。阿今の夫・遼雲は長身の妻を真っ直ぐに見上げた。

「阿今。君はこの里にとって、どれだけ大切な存在なのかは、僕は知っているつもりだ。
けれどそれ以上に、君には君の生き方に後悔はないように、して欲しいんだよ」
「貴方・・・」
「・・・・・・。暴力よりも絶望よりも。人を真に殺すのは後悔だから」
「ーッ!!」

阿今は、がくりと崩折れて膝をつき、夫の胸にその顔を押し付けた。

「私の・・・大切な子が、・・・大切な子たちが、いがみ合っているのです」
「そうなのか・・・」

夫の手の温もりを後頭部に感じながら、阿今は声を殺して泣き続けていた。
あぁ。涙など流すのは、もう何十年ぶりに、なるのだろうか。


ここが最後だと思った。

城中を覆い尽くす柳枝以外には、不気味なほど障害物が無くて。
だからこそ、誘い込まれているのではないか、などという気にもなる。
・・・いや実際そうなのかも知れない。
何せ『彼女』は、元々自分が不遇だと考えてはいたのだろうが、今となっては確実に、
怨みの感情を里に対して持っているのだろうし・・・。

自分に対しても、持っているのではないか、・・・と思う。


姉の、阿今の縁談を、知らされた、あの日。
目の前が急激に、暗くなったような気がした。
確かに、自分が跡取りを作らなければ、その役目は姉に移ることになる。
それは分かっていたけれど、それでも自分たちは結論を、先延ばしにしていた。

自分はまだ仕事が忙しいからと。姉は巫女としての役割を無碍に出来ないと、そう言い訳を付けて。
実際、実に自分には息子・・・らしき存在・・・がいるのだが・・・。
あれを連れて来れば、全ては丸く収まったのかも、知れないのだが。
それでもやっぱり、この古くて重くて堅苦しい里で、自らの血を継いでいく気にはなれなかった。

『結婚、します』

姉が重々しく、そう告げた。相手は里の長老会のうちの一人。
一番若手であるとはいっても長老だ、自分とは親子ほどの歳の差がある。
いわゆる恋愛結婚でないことは分かっていた。縁談の経緯も成り行きも全て横で見ていたから。

そう、この狭い里の中に連帯心は育っても、恋心が育つことはあまり無い。
大抵の民は年頃になったら、親同士が決めた許嫁と結ばれ、次代の種を残す。
それを、親が早くにいなくなったからといって、こんな歳まで引き延ばして来た自分たちが、
むしろ異端だったのだ。

それでも、もういいだろうと、威紺は思った。
確かに威紺は姉を慕っていたが、だからといって結ばれることは、在り得ないとも知っていた。
だからその気持ちを自覚した12の歳、彼女から距離を置こうと里から出たのだ。
距離を置き続けているうちに、思慕も薄れるかと思ったのだが・・・。
それに姉が嫁がないのは、大きな罪悪感を抱いているからだ、ということも分かっていた。

だから、その罪悪感から開放されてくれるなら、もう・・・威紺はそれで良かった。
生涯、自分のものにならないのなら、せめて幸せに笑って欲しい。

相手の男性、藤代 遼雲のことも、良く知っていた。
目立たない小男ではあるが、何よりも心が広く暖かな、穏やかな人物。
そして長老会では最年少ながらも、思慮深い発言により一目置かれている存在だ。
姉を任せて間違いは無い。そう・・・思った。


「ねぇ」

普段は威紺を毛嫌いして、決して声など掛けて来ない従姉が、その晩は訪ねて来た。
『どういう風の吹き回しだい』と、とぼけては見たが、用件が何なのかは分かっていた。
姉の縁談のことだろう。

「いいの、アナタは。・・・威紺?」

黙って佇んでいれば美女なのだろう白顔が、月光を照り返しながら威紺をじっと見つめていた。
もっとも、女性らしく背も低く童顔気味なので、威紺の好みのタイプではないのだが。
傷みひとつない艶やかな黒髪を掻き上げて、従姉・磨凛の長い睫毛に囲まれた瞳が迫って来る。

「いいのって、決まっちまったのもは、しょうがねぇじゃんか」

わざと茫洋とした声音で、もう眠いのだとばかりに、欠伸交じりに答えると。
その答えが気に食わなかったのだろう、真白い平手が間髪いれずに飛んで来た。
避けることも出来る速さだったが、眠たさを演出するためにあえて、威紺は殴られることにした。

「しょうがなくなんかないわよ! まだ縁談が決まっただけなのよ!?
今からならどうやったって潰せるはずよ。私とアナタが協力すれば・・・!!」
「それで」

唸るような声と、不穏な気配に、磨凛は息を飲んだ。
今までに見たこともない、従弟の殺気立った顔だった。

「それで、姉貴が喜ぶならそうするよ。でも・・・違うだろ!?
あの人は今まで、おれやアンタのために、よく尽くしてくれたよ。
そんで今、おれやアンタができないことを、しようとしてくれてる。
・・・何の問題があるってンだよ!!」

小声ではあったが叫んでいた。
磨凛の前で感情を曝け出すのは、威紺は初めてであったかも知れない。

「アナタが家を継げば良かったじゃない」
「何」
「アナタが普通に結婚して子供を作って、家を継げば良かったんじゃない!」
「それは・・・」
「長男のアナタが逃げてばかりだから、いつも阿今がその役目を負うのよ!」
「待て」
「家を継げるくせに! 男のくせに!! 何がそんなに不満なのよ!!?」

それが本音なのだろう。
『女だから』という理由で、就くべき場所を異人混じりの弟たちに奪われた、屈辱。
尊敬すべき母を、貶められたと感じた、小さな娘の大きな悲鳴。
けれど・・・その我侭は通せない。
幼い頃ならともかく、もう彼女もいい大人だ。そして自分も。

「男だから家を継ぐってのは、ナンセンスで次代遅れだって。
そう考えていたのは誰より、アンタなんじゃなかったのかい?」
「・・・ッ!!」

理論の破綻を指摘されたからか。すべらかな頬に朱が走る。

「そして、そもそも姉貴は家を継ぐこと自体には、嫌悪感を持ってはいない。
おれとは違ってあの人は、この里を、里の民を、そして自分の生家を、愛している」

そう。どれだけ理知的に振舞おうとしても。冷静沈着な巫女として感情を殺しても。
溢れる愛情は抑えられない。それがあの人・・・、威紺のたった一人の姉・阿今なのだ。

「・・・じゃあ。協力は出来ないって、つまりそういう返事な訳ね」
「協力どころか・・・。アンタが縁談の邪魔をするなら、おれは全力でそれを阻止する。
そういうことだ」
「全力・・・。やっぱりアナタとは、最後まで話の合うことは、無かったわね」
「本当にな。いつでもそうだ、なんでこんなに、真逆の選択肢ばっか、選んじまうんだろうな」

磨凛がくるりと背を向ける。

「・・・・・・、弱虫!!」

たたっと走る従姉のその背中に、威紺は幼い頃と同じ強がりを見た。

「弱虫はアンタの方だろ。欲しいものの手に入れ方が、アンタはいつも間違ってンだよ」


それから。やはり何度かの妨害工作を阿今は繰り返し。
威紺と阿今、それから遼雲はその度に、身を削りながらも対応した。
一番大きかったのは、祝言のその場に妖を召喚し、新郎の命を狙おうとしたことだった。
これには、普段温厚な阿今も怒り、磨凛の頬を一つ打った。

長い付き合いの中、阿今が磨凛に手を上げたのは、これが初めてだった。
そして、磨凛は。


バターン! ・・・と、扉が開く。
そこにいたのは、幼い時を共に生きて来た、恋敵でもある従姉であり。
また。

「いらっしゃい、威紺。久し振りね。1年・・・2年? くらいになるかしら??」
「あぁ、姉貴の祝言からだから、大体そのくらいになるな。」

婉然と微笑む磨凛は、和洋折衷の衣装を身に纏い、艶やかさに磨きを掛けていた。
西洋風の化粧を覚えたせいもあるのだろう、記憶の中の姿よりは遥かに大人びていた。
そして・・・。

「『居る』とは思っていたが、まぁなんというか、悪趣味な格好だな?」

旧友・・・悪友・・・、親友・・・。
今となっては親し過ぎて、どの名称を使えばいいのかわからない、紅羽根の鳥人に視線を向けた。
その端麗な輪郭は普段のままだったが、表情からは完全に感情の色が消えていた。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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