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やがて充分に暖まり、さっぱりとして風呂から上がると、
屋敷中に旨そうな肉やスパイス、フルーツの匂いが充満していた。
歩くたびに風を孕んでは逃がす部屋着を靡かせ、使用人たちの案内の元に食堂に向かうと、
そこには南国情緒の溢れる豪華な宴席が設けられていた。
カルタやカルラも並んでおり、また他の姉妹かと思われる者たちも、きちんと並んで座っている。
上座には、カルタより少しだけ年長に見える、伏せ目がちの無口そうな少女。
10歳くらいだろうとおぼしき、大きな瞳が愛らしい少女。
補助具付きの椅子に埋まるように座っている、まだ5~6歳かと思われる素直そうな男の子。
アッシュ達も案内されて席につくと、メインディッシュらしきやたら大きな皿が、
数人がかりで運ばれて来る。
「ふふーん♪」
何故かカルタが得意げな顔をしている。
客人二人のグラスに、果実酒のようなものが注がれ、そしてメインディッシュの蓋が取られる。
カルタは胸を張ってふんぞり返り。
他の姉妹たちはこともなげにその中身を眺め。
そして、伽藺は。
綺麗な南国の花に彩られ、食欲をくすぐる香草の香りを纏った、『それ』。
・・・全長2~3mはあろうかという、巨大なトカゲの姿焼きを見て、顔色を蒼白にさせていた。
アッシュも呆れたように、カルタに問い掛けた。
「なんだ、これは。これが砂トカゲとやらか? あまり美味そうには見えんが・・・」
そう言って、蒼白な顔色で口をぽかんと開けている、妻の様子に小さく笑う。
「くく。かりんなどは固まっているではないか」
「見た目はコウだガ、味はホショウするノダぞ?」
まずは一口食べてみろと、しきりに彼女は皿を勧めた。
他の姉妹たちはごく普段から食べ慣れているように、静かにナイフとフォークでトカゲの肉を切り分けている
カルタはどう説明したものかと、うーんと考え込んでいる
「ソダなー、歯ごたえはチキンに近いゾ、淡泊でヤワラカイ。けど味はラム肉ミタイだナ!
脂にヨク味や香りがシミ込むから、ワタを抜いてハーブや花を詰めて焼くト、トテモイイ匂いがスルゾ!!」
「むろん、ワタはワタで食エルがナ」と、得意げに語るが、
「やめて下さい・・・チキンとラムまで食べられなくなります」と伽藺は顔面を蒼白にしていた。
アッシュは、「そんなに言うなら食ってやらんでもないが」と、まずは欠片を口にし。
シェフの腕がいいのか、意外と華やかな風味に、ほうと軽く舌を慣らした。
彼の好みというには少々淡白な味に過ぎたが、女子供の食卓には上品でいいのではないだろうか。
むしろ自分よりも、伽藺の好みなのではないかと思い勧めてみたが、
妻は頑なに拒否しつつサラダや豆スープだけを摂っていた。
「・・・・・・? カリン、砂トカゲ食わナイか??
カルタいっしょーけんめ狩ってキタぞ」
「メインディッシュ、食ワナイ。でぃなーの意味ガ、ナいゾ?」
「いや・・・あの、・・・あははは・・・」
日常的に食べ付けているらしいカルラまで加勢に入り、伽藺は少々断り辛い雰囲気を感じていた。
「アッシュもタクサン食うガイイぞ!」
「ふん、ハーブと塩などというしけた味付けよりも、ソースと胡椒の方がよほど美味そうなものだが。
まぁいい、物足りないが食えない味ではない」
「ソカ! じゃア次カラ、ソウする!!」
素直に頷くとそのまま、カルタは使用人づてのシェフを呼び出し、何ごとかをごにょごにょと耳打ちしていた。
◆
会食も進み、皆の腹がそろそろ、膨れて来た矢先。
「さて、お兄様? それからお義兄様」
同席していた妹たちのうち、一番年長だと思われる娘が口を開く
一見すれば静かな才女という雰囲気に見えたが、口を開けば出て来たのは流暢な大陸共通語だ。
その声は澄んでいて耳触りこそ良かったが、内側に込められたはっきりとした拒絶の意志からは、
決して二人・・・そして新たなる子供たちを、歓迎していないことがわかった。
「名前くらい名乗って下さってはいかがかしら」
「カリンとアッシュだって、カルタ言ったヨ!」
頬を膨らませながら叫ぶ妹を睨み付け、今はあなたに聞いているのではありません」とぴしゃりと遮る。
長女だとおぼしき妹・・・は、母親譲りの亜麻色の髪を掻き上げて耳に掛け、怜悧そうな目を細めた。
「ちなみに私はジリエッタ、通称ジータ。姉妹の中では長女で16歳。
忙しい両親に代わり家のことを取り仕切っています。当主代理という肩書きをいただいていますわ。
そちらの賑やかなのはカルティータ。すぐ下の妹…つまり次女に当たります」
「カルタのことだよー!」と、よく日に焼けた腕が振られる。
「それから、その下の妹がジリアン。10歳になったばかり。家族からはジーナと呼ばれています。
普段は神殿にて修業の日々を送っていますが、今日は特別に呼び寄せました。
・・・今、病身にある母に何かあれば多分、この娘が夢見を継ぐことになるのでしょう」
紹介された少女は、大きな瞳をさらに大きく見開くと、慌てて頭をぺこりと下げた。
髪は伽藺と同じく祖母譲りの深い緑色で、また肌は姉妹の中では一番白い。それだけ外に出ていないということなのだろう。
顔立ち的にも伽藺によく似ており、もう少し長じればきっと、姉妹の中では一番似て来るのかも知れない。
おっとりとした大人しさと、内に秘めた頑固さもまた、同じように見て取れた。
「それからカルレイア。妹としては一番年下の8歳。けれど魔導師としての適性が高く、
もう神殿回りのご用聞きとして活躍しています。
夢見の才は受け継がなかったようなので、神殿の内側に入って働くことは、無いようですが」
表情を一つも変えず、カルラが深く静かに頭を下げた。姉妹の中で唯一の藍がかった黒髪が揺れる。
神殿で見た示蓮によく似ているから、彼女は完全に父親似なのだろう。
だからかどうかはわからないが、カルタ以外の姉たちからは少々、距離を置かれている様子も見て取れた。
「それから末子にして長男、あぁ失礼・・・血縁的には貴方とそのすぐ下の方が、いらっしゃいましたわね。
では三男になるのかしら。どちらにしても時期当主であることには変わりありませんけれど。
・・・弟のジュノー、5歳です。私は親しみを込めて、ユノと呼んでいますけれど」
名前を呼ばれた子供は「あいっ! ゆのれす!!」と元気良く挨拶を返した。
そんな無邪気な彼の様子とは裏腹に、長姉の表情には『今更、長男が帰って来たところで』という意志が見え、
伽藺は『あぁ、そうだよねぇ』と納得した顔をしていた。
「そうですね、改めて自己紹介を致しませんとね。
私は伽藺、旧姓では暮蒔 伽藺。知っての通り貴方たちの一番年長の兄に当たります」
ナフキンで口元を拭うと、静かに名乗って頭を下げた。
そして柔らかな微笑みを浮かべ、最年長の妹に視線を向けた。
「けれどもう私は、結婚という形で、他家に入った身です。
貴方たちとは血縁以外、基本的に繋がりはないと思っていただいても、結構ですよ。
子供たちのことも、成人まで育てていただければ、それ以上は何も望みません」
冷たい態度にも、動じずに返して来た長兄を見て、ジータは剣呑そうに眉根を寄せた。
「そしてこちらが夫のアッシュ・クイン。もう聞き及んではおられるかも知れませんが、
私は普段は女性としてクイン家の妻たる生活を送っています。
戸籍ももう・・・女性のものを作っていますし・・・」
「女性・・・。まぁその辺りの事情は、突っ込んでお聞きしないで、おきましょう」
「お心遣い、感謝いたしますね」
ふむと彼女は鼻を鳴らした。
どうやら家督や財産を狙っての来訪でないことは、一応納得したらしい。
しかし。だからといって急に諸手を挙げて、賛成する気になれるわけでもない。
「こちらでの成人年齢は、15歳ですがいいのです?
お約束の内容だと、その日を過ぎればあとは一秒たりと、援助は出来なくなりますが」
「構いません、私の育った里での成人年齢は家によって差はありましたが、早くて12でしたから」
「そう。成人してしまえばもう、家を出て行っていただくことに、なるかも知れませんが」
「当然です」
やはりにこりと。それこそ満面の笑みを浮かべ。
「立派に働ける心と体に成長してまで、親族に甘えるような子供なら、捨ててくださったほうがいいでしょう」
「そう・・・、ですわね。・・・了解しましたわ」
どう文句を言って話を取り壊してやろうか、あの手この手で神経を逆撫でしようとするが、
伽藺は泰然としたものだったしアッシュは面白そうに眺めている。
寧ろジータの方が苛付きを隠せなくなって来ている。
「トカゲ冷めちゃうヨ? 食ワないの~??」
緊迫した空気を一瞬で壊したのは、目前にご馳走を並べられたまま食事が中断されたことで、
ひもじい思いを噛み締めていたカルタだった。
胃がきりきりと痛むような空気の中で、沈痛な顔を並べていた姉妹たちにとって、
この言葉は助け舟となった。
幼いながらも、重苦しい緊張感を感じて泣きそうになっていたユノは、
「かるたおねちゃ、とかげとって~」と小皿をカルタに回した。
カルラやジーナも和やかに雑談を始め、ジータが話を続けることの出来ない空気に、持ち込んだ。
そんなこんなで、決してリラックスしているとは言えない状態であるものの、
会食はどうにか無事に終了した。
腕利きのシェフに調理された高級な料理や酒が振る舞われたはずだが、
伽藺はあまり味わう余裕が無かったので、デザートのうちのいくつかを夜食用に取り分けて貰った。
◆
食後を見計らったかのように、サーシャが食堂に訪ねて来て、子供たちの様子をまくし立て始めた。
リンネは離乳食どころか、サーシャやサリアのまかないにまで、手を出そうとしたとか、
アルクは甘味を加えたミルク粥以外口に入れなかったとか。
気圧されてしまいそうなマシンガントークだったが、今だけはこの老婆の押しの強さが頼もしかった。
彼女に任せていれば他の者に多少疎外されようが、子供たちを守りきってくれるような気がしたから。
「お二人は食事が済んでから、サリアの子守唄を聞きながらお眠りになりましたが、連れて来ますか?」
「いえ、今晩は私たちがいなくてもあの子たちが過ごせるか見てみたいから、明日の朝までお願い出来ますか」
「心得ました、サリアにもいい勉強になるでしょう。
お坊ちゃまとお嬢ちゃまは責任を持って、私どもが預からせていただきますとも!!」
どんと厚い胸を叩くサーシャを、伽藺は頼もしげに見ると頭を下げた。
そして姉妹たちも帰途につくというので、夫婦も用意された寝室に向かおうと、食堂を後にした。
玄関でもやはり元気に、カルタは大きく手を振っていた。
「カリン! アッシュ!! カルタ帰るからナー!
・・・アッシュ、明日アサ時間アッタラ、トカゲ狩りにイカナイカ?」
「いいぞ。狩りとは面白そうだ」
食事の間に、狩りの話で盛り上がっていたと、思ったら。
活発なカルタは、アッシュとの約束を取り付けられて、飛び跳ねんばかりに喜んでいた。
柔和な伽藺より威圧感のあるアッシュの方が、カルタの『理想の兄』像には近いのだろう。
「カルラも、イエ、帰る。マス」
「失礼致しますわ、兄様、それから義兄様」
物静かなカルラの挨拶に被せるように、尖った声音でジータは吐き捨て、ジーナとユノの手を引いた。
しかしジーナはその手を引っ込め、たたっと小走りに姉との距離を空けた。
「ごめんなさい、姉様。あたし、もう少しだけ兄様に、お外のお話聞きたいの」
当然従うと思っていた、気弱な妹に逆らわれ、ジータは驚いたように目を開く。
ユノもそれに乗じて「ボクも、おとおとといもおと、みにいきたいー!
それからひさしぶりに、サーシャおばあちゃんに、ごほんも読んでもらいたい!!」と、
彼女の手の中から脱出する。
「・・・勝手になさい!
けれど気をつけなさい、外の世界の男はいくらおとなしく見えても、油断も隙もないんだからね!!」
ジーナとユノにその言葉だけを投げ付けると、ジータは大股に玄関から出て行った。
他の姉妹の退出も苦笑いで見送ると、「サーシャおばあちゃんのところにお行きなさい」と、
ジーナはユノに子供部屋への道を促した。
ユノが走り去ると少女は振り向き、少し困ったような笑顔を見せる。
「ごめんなさい、いきなりわがままを言って。
でも姉が・・・失礼なことを言ったから、お詫びをしなきゃと思って・・・」
ぺこりと小さく、頭を下げる。
しかしその様子を見て、アッシュが抑えきれなくなったかのように、大きく響く声で笑い出した。
「くく・・・っ。・・・はっはっは! 面白いな本当に!!」
「え・・・?」
伽藺とジーナ。二人が同時に目を丸くする。
「親もそうだが妹もよく似ている。特にあの気の強いのは、怒った時の貴様にそっくりだ。
・・・愉快な家だな?」
「愉快・・・、です・・・か?」
伽藺が複雑な表情で頬を掻き、ジーナはどう反応するべきかと、アッシュの様子を伺っていた。
「実に家族愛としがらみの強い家柄のようだ。
貴様が女で来たらば、より嫉妬心に油を注いだだろうか」
「うぅ・・・、悪趣味ですよぅ・・・」
糾弾しても、それが褒め言葉にしかならないことを、伽藺は知っていた。
二人を交互に眺めている妹に軽く頭を下げると、「こういう方だけど悪気は無いんです」と、
小さな声で弁解を入れた。
「あ・・・、は、はい・・・。
し、失礼な発言に気分を、害されていないなら・・・、助かりました・・・」
何か一言発するたびに、何か怯えるような風情を見せる妹は、常々姉に威圧されているのだろう。
「ふん。子らにとっても、多少の疎外感などあったほうが、サバイバルとなって良い。
でないと心が逞しく育たんからな。
・・・なに、俺の子なら女どもに何と言われようが、ものとするものか」
「もし私に似ていると、些細なことでも気にする子に、なりそうですが?」
「そこは俺に似せておけ」
夫の無茶振りに、「あぅ~、今さら無理です。もう産んでしまいましたから」と、
がっくりと伽藺が返す。
まだ産んでいなかったとして、そこは調整出来る部分なのかどうかは、わからないが。
「そうだ、かりん。子らに手紙を書いておくのはどうだ?
なんなら俺を悪者にした小説を創作してもいい。
さすれば母を愛し父を憎む、典型的な子らができあがるだろう」
良いことを思いついたとばかりに、楽しそうに提案するアッシュ。
「え・・・。手紙は元より、書いて預けておくつもりでしたが、さすがに創作小説は・・・;
外の世界に出るのなら、こちらをお尋ねなさいと、心当たりを連ねておくだけです。
どうやらあの様子では約束の15歳が来たら、有無を言わせずほうり出されそうなものですから」
「む・・・。そうか・・・」
実のところ、アッシュなりに伽藺の気持ちを和ませようと、冗談を言ったつもりなのだが、
当の伽藺には通じなかったらしい。
少々残念そうな顔をしながら、妻と同じような表情で見上げている、少女の方に向き直る。
「しかし、話とはそれだけか? 楽しませて貰ったことだ、詫びは別にいらんぞ」
「あ・・・」
ジーナの様子に、まだもう少し話があるのだということを、見て取る。
ただ生き別れていた、兄妹の時を埋めたいだけかも知れないが、混み入った話もあるのかも知れない。
アッシュは気を利かせることにした。
「家族同士の話ならば俺がいないほうが、心おきなくやれるのではないか?
夜風に当たり散歩でもしているぞ」
「貴方・・・」
気弱げに瞳を細めた、伽藺がよく見せる表情。
それはアッシュにとっては、儚げで保護欲をそそるものであった。
「心細いというのならば、居るだけは居てもいいが」
そう付け足したのは、助けを求めるなら手を差し伸べるぞという、シグナルだった。
けれど伽藺は妙に遠慮してしまった。
アッシュを一族の愛憎に巻き込んではならないと考えてしまったのだ。
「いえ・・・大丈夫です。
・・・ジーナ様でしたっけ、夫は特に同席する必要は、ない話なのですか?」
「あ、は、はいっ・・・。ね、姉様の態度に、お怒りになられてないの、なら・・・」
「あは・・・それは、寧ろ面白かったよう、・・・ですよ」
苦笑しながらそう伝えると、伽藺はアッシュに背を向けた。
そして振り返り、一言だけを告げ。
「では貴方・・・。少し・・・長いお話に、なるようですから・・・」
◆
兄妹が立ち去った後、アッシュも大きく息を吐くと、外に出て庭を一回りすることにした。
伽藺にとっては20数年振りに帰って来た生まれ故郷だ。
そしてずっと生き別れていた姉妹たちだ・・・。
積もる話もあるだろう、自分のような愛想無しの第三者がいては、話せる話も話せないかも知れない。
そう考えて身を引いたのだが、本当にそれで良かったのだろうか?
「良かったのだ。俺の判断が間違っている筈はない」
門戸に絡む、薔薇によく似た花を咲かせた多肉植物を見上げながら、アッシュは呟いた。
なのに何故胸騒ぎがするのだろうか。
伽藺の不安げに揺れていた瞳を、どうして思い出してしまうのだろうか。
「・・・戻っておくか」
起きていては余計なことばかりを考えてしまいそうで。
アッシュは寝室に戻り、仮眠を取りながら、伽藺の帰りを待つことに決めた。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。