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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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ムロマチ首都まで出て、なんとか魔法屋に繋ぎを取り。
エディンまで転送して貰ってからは、またしばらく平和な日々が続いた。
最初の方こそ、錯乱することが多かったカテリーンだが、住み慣れたエディンの暮らしに少しずつ癒され、
数年も経つ頃には安定して見える日の方が多くなった。

そして驚いたのは、予知夢の頻度と精度がどんどん、上がっていったことだった。

時折、「今日は伽藺にこんなことがあったの」「赤ちゃんは希鈴って名付けられたみたい」などと、
報告のようなことを言って来る様子に示蓮は、子供を案ずる心がそんな夢を見せるのだと思ったのだが。
明日の天気から始まって、来客の予定やオアシスの感知、疫病の予知など・・・。
いつしか彼女の周りには悩める者が集まるようになり。
カテリーンにとっても、自分が誰かの役に立っていると自覚することが、
失われた自信の回復に繋がっていった。

最大の転機は、この土地にはあるはずが無いと諦められていた、豊かな水脈を探し当てた時だった。
当初は半信半疑で土を掘っていた者たちも、染み出す水を目の当たりにしては、張り切らない訳にはいかず。
やがて、こんこんと湧き出す水脈に突き当たったところで、噴き出した水は豊かな川となった。
大集落が組み上げられるのもそう時間はかからず、カテリーンは『夢見様』として崇められるようになった。

示蓮も最初は、カテリーンを守れなかった不甲斐ない男として、彼女の縁者から白い眼で見られた。
しかし、献身的に彼女に尽くし保護している様子から、少しずつではあるが許されていった。
示蓮としてはもっと厳しくされても良いくらいであった。
暮蒔の里でカテリーンが味わった孤独や絶望に比べれば・・・。

少し元気になり。
自信が戻ったようにも見えるカテリーンは、しきりに一つの欲求を示蓮に囁くようになった。
「子供が欲しい」と。

もう会えないかもしれない息子たちを、忘れようとしているのだろうか。
・・・いや、それは無い。この妻に限って。

かつて幸福だった親子3人の生活を、純粋に取り戻そうとしているのだと思った。
母性の強い女性だ。生活と心身が安定したら当然、子供を育てたくもなるのだろう。
斬られた足の腱はそのままだし、自分では歩くことさえ出来ない。
しかしそれでも周囲のサポートさえ整えれば、出産や子育てだって行うことが出来るだろう。

少し考えて示蓮は、夢見師であるカテリーンを中心とした、小さな教団を組織することにした。
宗教というよりは親衛隊に近く、体の不自由なカテリーンを補助することで彼女の集中力と霊感を高め、
より精緻な啓示を受けるということを目的とする団体であった。
教義自体はかつてカテリーンの先祖たちが仕え、未だにエディン全体に浸透しているアース教を基盤に、
コリーア教の良いところを取る形とした。

やがてカテリーンは妊娠。
今度こそ幸せな環境で、平和に穏やかに・・・親子で生活が出来ると、思った。
・・・思っていた。

身篭ってからというもの、安定したように思えてきたカテリーンの様子に、また翳りが出始めたのだ。
まず夢見の力はますます精度を増していった。
しかしそれと同時に、過去のトラウマを思い出すことも、多くなったのだ。
一度思い出せばしばらくは狂乱状態が続く。
置いてきた子供たちの夢もよく見るようになり、泣きながら目覚めることも多くなった。
伽藺に会いたい、希鈴に会いたいと、毎日のように呟くようになり。

そして、出産。
幸せに満ちていたはずのそれは、幼子を一目見たカテリーンの悲鳴によって、引き裂かれた。

「嫌あああぁぁ・・・! どうして・・・示蓮に似ていないわっ!?
やっぱりこの子は、貴方の子じゃないんだわ。産んではいけない子だったのよ・・・!!」
「お、落ち着けカティ。もうここは暮蒔じゃないし、あれからもう、5年以上も経ってるんだ」
「私っ・・・、私、貴方を裏切・・・、・・・裏切って・・・!!」
「大丈夫だから! この子は間違いなく私の子で、そのうちきっと似て来るから!!
ほら、今はカティにそっくりだから、まだわからないだけなんだ」
「・・・・・・、・・・ほんと・・・?」

しばらくの間、発作的に狂乱したら、すぐに落ち着きを取り戻す。
そうしてその後はすぐに、元の母性的な彼女に戻るのだ。
狂乱したことは全くもって覚えていないかのように。

カテリーンによく似た、亜麻色の髪に栗色の瞳。愛らしい女の子。
混乱していない時のカテリーンは、待ち望んだ赤ん坊をそれこそ可愛がった。
愛する夫と大切な子供。
宝物を全て、手元において暮らすことが出来るなど、何年振りだろうか。
けれど不意に思い出す。伽藺、希鈴。そして・・・あの恐ろしい里での生活。

機嫌良く鼻歌でも歌っていたかと思えば、病的なほどに怯えて娘を抱き締め。
そして時折狂ったように、あなたは生まれてはいけない子だったのだと、泣き喚きながら糾弾する。
娘・・・ジリエッタ、ジータはそのうち何を言われても、何をされても。
表情も変えなければ言葉も発さない、生きたまま死んでいるような子供に、育っていった。

そしてある日、家事を手伝いに来たサーシャが目にした、その場面は。
「あなたは罪の子」と呟きながら、虚ろな表情で娘の首を絞める、カテリーンと。
何の抵抗もせずにぐったりとしている、まだ二歳にもならないジータの姿であった・・・。

サーシャは、慌ててジータをひったくると病院に運び込み、救命を行った後にそのまま、
自分の家で育てることにした。
最初の方こそ無感情で無表情な様子ばかりを見せていたジータであったが、
じきに日々怯えて泣き暮らすようになり、それから少しずつ笑顔を見せるようになった。
言葉も少しずつ話すようになり、普通の子と変わらない・・・いや、平均よりは幾分か利発な子に、
成長していった。

しかしカテリーンは、またも子供を奪われたとばかりに、激しく嘆き悲しんだ。
狂乱している間の記憶を保持しないカテリーンは、引き離された理由がわからないままに落ち込み、
新たな子が欲しいと示蓮に詰め寄った。

そうして次にカルタが生まれたが、同じ悲劇を繰り返してはいけないと、
サーシャがその子を育てるために連れ去ってしまう。
それも、正しいことなのだと理解出来るから、示蓮には止めることが出来ない。
しかしやはり、また引き離される理由のわからないカテリーンが、新たな子を望み。
明るい少女だった妻を、狂わせてしまった負い目もあって、逆らえない示蓮は・・・。
そうしてカルラと、それからジュノーが生まれた。

元々あまり体の強く無かったカテリーンは、ジュノーを生むと同時に決定的に体を壊し、
本格的に伏せる生活に入ることになった。
それ自体は辛いことなのだが、もうカテリーンに新たな子を望まれることが無いと思うと、
どこかほっとしてしまう示蓮がいた。
それが後ろめたさにも繋がり、罪悪感から逃げるために示蓮はますます、
忠実に誠実に《夢見師》カテリーンに仕えた。

そうすることで彼女以外の『家族』、・・・つまり子供たちに向き合わなくて済むんだことも、
その時の示蓮にとっては一つの救いであった。
もう、彼は人生における選択ミスを、重ね過ぎていて。
どうしていいのか、どう生きていいのか。妻や子供にどう接していいのか、わからなくなっていたのだ。


「ですから私たちは、ほとんど・・・父母と過ごした時間が、ありません」

気弱げに困り笑いの表情を浮かべるジーナ。

「私たち姉妹、そしてユノにとっては、サーシャこそが母親で・・・。
実の母は幼い頃に引き離された『夢見さま』なのです。
そして父は・・・、父は私たちにどう接していいのか、きっとわからなかったのだと思います。
母の身辺を守護する衛士として、徹底した振る舞いをすることで、私たち・・・という。
愛すべき対象でありながらも、自らの罪と失敗の証である、その存在を・・・。
・・・直視しないように、生きることにしたのだと、思います」

親に疎まれていた・・・という訳ではない。
確かに自分たちは、愛し合っていた両親から生まれたし、望まれて生まれた子でもある。
なのに・・・、・・・なのに・・・。
どうして素直に家族と呼び合うことが出来ないんだろう?

「それでも私たちは、それが当然のことだと思って、生きて来た。
けれどジータ姉様は・・・、多分・・・覚えているんです・・・。
母親に抱かれるぬくもりや愛される喜び、そして・・・それとは真逆の突き放される辛さ。
罪の子・・・と糾弾される、その痛みも・・・」

やがて、ジータは歳相応以上の知性と閃きを、才覚として現わすようになって来た。
10歳になるかならぬかのうちに教団の形式に口を出し始め、
いろんな集落から人が集まって来ただけであった街にも統治が必要だとして、
ちょっとした宗教都市へと変えてしまった。

信仰の対象として大きな神殿を作り。
夢見師を神格化することで。
『大いなる存在』に依存したがる集団心理を煽り。

彼女が動き始めてからの数年で、ここはすっかり大きな都市となってしまった。
信者たちが落とす金、それから整備された土地に住まう者が収める税金は、
さらに街の整備と上下水道設備に充てられ。
この土地で生きるうえでの命綱となる『水』は、決められた法の下で管理されることになった。
良く尽くす市民には水は、惜しみなく並々と与えられる。
逆に無法の者や後ろ盾のない者、働かない者はたった一杯の水を得るために、
それなりの苦労や恥辱を払わないといけないようになった。
圧制だとされないよう、弱い者や理由のある者には、そこそこの福祉を与えるようにした。
制限は自分の名において。恵みは夢見師の名において。執行は衛士の名において。
そうしてさらに信仰を、揺ぎ無きものにするために。

「人の弱さにうまく切り込んで、秩序と規律を組み込んだ・・・。
政治家としての彼女は、とても有能なのだと思います。
彼女のおかげでこの街は安全になり、私たちは名士の一族として何不自由のない暮らしを、
出来るようになりました。
・・・ただ、それらを考え付くことが出来るのも、実行することが出来るのも、
心の奥底にある不信感や劣等感・・・そういうものが働いてのことだと思うのです。
そう考えると姉は、とても淋しい人なんだなって、・・・思います・・・」

ジーナは俯いて唇を噛む。

「私くらいは・・・あの人の側にいて、助けてあげたい・・・。
けれどあの人の行う行動は時折、側で見ているには・・・、私には・・・辛過ぎて・・・。
あの方は市民や土着の者にはとても優しい。勿論、都市運営にプラスになればですけれどね。
ですが・・・異国の民にはとても厳しく、時として迫害さえも扇動することがあります。
異国の民を・・・。『得体の知れぬ者』を、心から憎んでいますから・・・」

そのことについてお話するのでしたねと、気を取り直すように薄く微笑み。

「サーシャはとても素敵な育ての母親です。明るく優しく時に厳しくてユーモアがある。
けれど彼女だって心を持った人間です。
表立って口には出さずとも、母を悲しませて壊した異人に対しては、敵愾心があったのでしょう。
そしてまた、心を閉ざしてしまっていた幼い姉を、癒す必要もあったのだと思います」

元・乳母として、娘同然に思っているカテリーンを、憎まれたくないという思いもあったのだろう。
幼いジータにあれは本当のカテリーンが行った行動ではないと。
彼女は本来とても明るく優しい女性で、それを狂わせてしまったのは異国に住む、
人の姿をした悪魔たちなのだと。そう説明して育てた。

根は素直な少女であったのだろうジータは彼女の言葉を信じて育ち。
そして優しかった母を狂わせたという異国の民と、その仲間である父を・・・強く憎むようになった。

「そんなことが・・・」

伽藺は痛ましげな表情で、ティーテーブルに肘をつき、組んだ手に額を付けた。

「今はサーシャも後悔しているようです。
夢見様への誤解を解きたかったとはいえど、また幼い子供に聞かせる話では無かったと」

しかし今となっては仕方のない話。
過ぎてしまった時間は戻らず、後悔が先に立つこともない。
誰が悪かったのか、今となってはもう、わからない。
沢山の失敗と沢山の後悔が絡んで、その結果としての今がここにあった。


「・・・あなたも、サーシャ様から、その話・・・を?」

えへへ、と困ったように笑って、ジータが告げる。

「私は・・・、私も母様ほどではありませんけれど、一応は夢見師ですから・・・」
「・・・、それ・・・、は・・・」
「特に母とは波長が合うようで、あの方の考えていることや記憶は、よくよく私の中に流れて来ます。
時折・・・ですが、父からも・・・。
あっ、でも気にしないで下さいね!
こうして起きている時に、人の心を覗いてしまうなんてことは、ありませんから!!」

ぶんぶんと慌てて手を振る。

そうだ、相手がこんな小さな子供だとはいえ、いや・・・子供だからこそ。
自分の記憶や思考が、覗かれるかも知れなければ、人は警戒するのだと思う。
そんな反応を彼女は今まで、何度も向けられて来たのだろう。
内気だが素直で愛らしい、人好きのする少女である。
だから、初見の者は大抵好意を持って可愛がるのだろうが、彼女の能力を知ったら・・・。
姉とは違う形の絶望を彼女も、何度も味わって来ているのだろう。

「いえ、私は大丈夫ですよ・・・」

安心させるように笑ってみせるが、内心は伽藺も気味の悪さを感じていた。
伽藺もまた過去にいろいろあった身の上である。
胸を張れるような経歴ではないし、人には言えないこともいくつかは、して来ている。
もし心や記憶が誰かに覗かれるとしたら、とても居心地の悪い思いをすることになる。
けれど彼女は、そういう警戒の眼を向けられることにも慣れていて、
それは仕方のないことだともう、諦めているのだろう。

そしてまた彼女はその能力により、両親のトラウマを引き継いでしまっている。
母がその恐怖から狂った一夜・・・。
父が誰にも語ることのない秘密と、心の奥底に仕舞いこんだ罪・・・。
たった10歳の少女の身の上でありながら、両親の心さえも壊してしまったそんな事件を、
夢とはいえ経験してしまった彼女は。

それでも目の前でこんなに。
今にも手折られそうな花のように、儚げに夜風に吹かれ微笑んでいる。
自分が10歳くらいの頃は、ここまで強くあれただろうか。

「強いのですね」
「えっ・・・」
「いえ。まだそんなに小さいのに、あなたは強いな・・・って思って」
「・・・・・・?」

言葉の意味を、少し考えてから、ジーナが口を開く。

「小さいから・・・。子供だから、なのだと思います」
「え・・・?」
「まだ、何が辛くて何が辛くないのか。わからないような子供だから。
だから平気でいっらえるのだと思います。
このまま私が大人になった時、これがどう響いて、関わって来るのか。
それはわかりません」

俯き加減に呟く少女の顔に薄く浮かんだ笑み。
自嘲の色が浮かんだと感じたのは、伽藺の考え過ぎだったのだろうか?

「何も怖いと思わないかわりに、大切なものや愛する気持ちも、持てなくなる・・・。
そんな大人になる可能性も、あるかも知れないと・・・思っています」

高過ぎる知性と、早過ぎる諦念。
その代償が何であるかを、彼女は姉の姿を見て、既に知っていた。
だから。
いつか自身もそうなるかも知れないのだと、日々覚悟を決めて生きているのだろう。
その覚悟がさらに、彼女自身から夢や希望を奪う結果になるかも知れないと、
そこまで気付いているのかいないのかはわからないが。

「だいじょうぶ、・・・ですよ」

強くあろうと。
こんな小さな体で、それでも吹く風に飛ばされず、生きて行こうとしている妹。

「信じることです。あなたはそんなに強くて、賢くて、そして・・・優しい。
それだけのものを与えられたのだし、もっと自信を持ってもいい筈です。
あなた自身を信じてあげなければ、起こる奇跡だって起こりませんよ?」
「奇跡・・・?」

自分のものよりも、さらに柔らかな緑の髪を、伽藺はふわりと撫でる。

「あなたならきっと、奇跡さえも起こせるように、なると思います。
苦しみや悲しみではなく、思い遣りや愛をその原動力にして、
母上とは全く違う新しい力を持つ、『夢見師』になれる筈です。・・・・・・ね?」

ずっと離れて暮らしていた兄の言葉は、妹の心にどう響いたのだろうか。
頭に置かれた手の温もりに薄く頬を染めると、小さく・・・しかししっかりと頷き。
「はい」と。消え入りそうな声で返した。

すっかり陽も落ち、辺りは真っ暗になった。
暑い地方とはいえこの時間になるとさすがに冷える。
そろそろ戻ろうかと伽藺が促し、手を掛けたジーナの肩が冷えているのに気付くと、
自身が羽織っていた薄手のショールを着せ掛けた。


アッシュが。
ゆっくりと眠りの世界に招かれ始めた頃、扉を静かに開けて伽藺も戻って来た。
普段ならすぐ隣に潜り込んで来そうなものだが、今日ばかりは深くため息をついて、
ベッドの隅に腰かけたままでいる。

「そ・・・か。そうだよな、歳が離れ過ぎてた。・・・でもこれで繋がった。
母も被害者だろうけれど、彼女も・・・被害者だったのか」

母を怨むことが許されないなら、父に憎しみを転嫁するしかない。
身近にいる憎むべき相手といえば、母を狂わせた者たちの同族である、彼しかいないから。
けれどそれはあまりにも、哀しい選択でもある。
自分の親を憎むということは、自分の血の半分を憎むことでも、ある。

「母上・・・今は、大丈夫なのかな・・・。
私に話掛けてくれた母上は、正気の母上・・・なんだよね?
やはり私は今さら、頼るべき・・・では、無かったの、かな・・・」
 
別れ際。
「それでもやっぱり、母・・・夢見様にとって、幸福な時代の象徴は、兄様なのだし。
今でも会いたい・・・会って確認したい、父にちゃんと似たのか知りたい子供、は。
『キリン』という名の・・・二番目の兄様だと思うのです」と。
ジーナに言われた言葉が脳裏を過ぎる。

「僕は・・・どうするべきなのだろう?
何が出来ると・・・、いうの・・・かな・・・」

小さく呟きながら考え込んでいたが、首をふるふると振って思考を飛ばすと、
夫が横になるベッドに入った。
その感触に気付いて目を開けると、アッシュは静かに伽藺を抱き締めた。

「話はどうだった? 疑問は解けたが、不安が的を得た、という顔だ」

薄暗がりの中の妻に笑い掛けると、伽藺もそれに返すようび、曖昧な笑みを浮かべた。

「・・・かりん。
貴様がやはり預けたくはないというなら、それは貴様が決めていい。
そうなれば、俺のろくなのがおらん知り合いのからでも、探してみる」

よほどまともな人脈が無いのか、前々からアッシュは自分の関係者にだけは、
預けたくないと言っていたのだが。
その意見を曲げてもいいと思うほど、伽藺の様子は憔悴していたのかも知れない。
けれど妻は静かに頭を振った。

「彼女自身がかつて、保護者の手によって生命の危機に曝されていた、立場のようですから。
子供を相手に露骨ないやがらせをすることはしないでしょう。
・・・成人したらそれこそ、財産分与上のトラブルを避けるため、
容赦なく放逐されるのでしょうけどね」

「ふん。
幼少時にトラウマを抱え、しかも解消し得てないものこそ、鬱屈を子にぶつけるものだぞ?」

「それについても大丈夫でしょう、ある程度の年齢にまで育てばあの子たちは、
強く生きてくれると思います。それだけのしたたかさはある子供たちだと思いますから。
ですが・・・、それより・・・」

小さく俯く伽藺は何か、言い辛いことを言おうと、しているようだった。
アッシュがゆったりとその背を撫で、緊張を解しながら言葉の先を促す。

「私自身が・・・。今回のお話を壊してしまったら、・・・ごめんなさい」
「・・・ん?」

意味を掴み損ねたアッシュに伽藺が、同じ言葉を伝えることは無かった。

「何のことだか知らんが、貴様の思う道を行け。
俺はいつだって、貴様の隣を歩いている。フォローくらい任せろ」

頼り甲斐のある夫の言葉に、一瞬嬉しそうな顔をした、伽藺は。
しかしすぐに淋しげな表情に戻って、「はい」と小さく返して微笑んだ。

「明日も会いに行こう。貴様の母にな」
「。 ・・・そうですね、明日。・・・明日・・・。
・・・そう、・・・会わなきゃ。このままじゃ、駄目・・・。」

少し、驚いたような風情を見せたのは、何故だったのか。
不審に思ってアッシュは、もう一度しっかりと念を押した。

「共にだぞ? いいか、独断専行は、するなよ??」

その言葉には返さず、伽藺は薄く笑っていた。
そのまま、夫の手指に自らのそれを絡み合わせ、唇同士を深く噛み合わせた。
外気よりも温度が、低いのではないかと思えるくらい、ひんやりとした舌が愛撫を求める。
そんな妻の体がふっと消えてしまいそうな気がして、アッシュは背中を強く掻き抱いた。

「ぁ、・・・っ・・」

力いっぱい抱き締められ、薄い肉の中で背骨が軽く軋む。
伽藺は細い声を絞り、静かに問い掛けた。

「私の身内の面倒など、関わりたくは…ないでしょう?」
「面倒は確かに嫌いだが、貴様に関することには、立ち会わんで何とする。
傍にいてこそ護れることもあるだろう」

アッシュの。・・・最愛の夫・レオンの想いのこもった言葉に、伽藺は少し涙ぐみそうになった。
それを誤魔化すかのように唇を這わせれば、夫の手が夜着をはだけて素肌をなぞり始める。

「かりん。男の体であっても、可愛いぞ・・・?」
「ふふ、貴方は逞しくて、とても素敵ですよ。レオン」

女体である普段よりも硬質な感触を楽しみながら、アッシュは妻の身を覆う夜着を下着ごと全て脱がし。
乱雑にベッドの下に落とすと、一糸纏わぬ裸の体の肩に、胸元に、臍に、そして膝に・・・、
あらゆる場所に接吻けを落とし。

不安を振り払うかのように絡み、飽きるほどに愛し合う二つの姿を。
カーテン越しに煌々と光る、砂漠の月だけが見守っていた。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
来客
[07/10 威紺]
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