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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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深緑の髪はところどころに白い埃の玉がつき。
這いずったように肌は汚れ。
この辺りの普段着らしい風を通す薄手の服は、擦り切れたり裾が千切れたりしている。
しかし人為的なものではなく、あくまで移動の途中に、そうなったのだろう。
状況を鑑みて、牢から脱獄してきたのではと、思わざるを得ない格好だった。

「いやぁ、あはは。貴方が帰って来るまでには、戻ろうと思っていたんだけどなぁ
ええと。ト・・・トカゲ狩り、楽しかったですか?」
 
叱られる寸前の子供みたいな目つきで、伽藺は上目使いに見上げている。
アッシュは次に伽藺の顔を見た時、自分は先行の理由も聞かず、怒鳴りつけてしまうのではないかと危惧していたが、
意外にも自然に抱き締めてはその背中を撫でていた。


「・・・かりん。
一人で危険を犯すなと、叱りたいところだが、先ずはよく戻った」

そしてもう逃がさないよう、ひょいと抱え上げて片腕に座らせる。
男の身では長身な方の伽藺だが、軽々と抱え上げられることになり、少々慌てて降ろして下さいと呟いた。
「恥ずかしいと思うなら、これが俺からの罰だ」と、意地悪くアッシュは笑う。勿論、降ろしはしない。

「貴様はまったく、無茶をする。
狂わせた要因の一端に、自責を感じたか? 拒否された子を、自らと重ね合わせたか?
・・・しかしまあ、後悔のないよう行動を起こすというのには、感嘆する」

がしがしと頭を撫でる。普段は大人しいタイプの妻が、思い切った行動に出たのだ。
振り絞った勇気は、生半可ではないだろう。

「すみません・・・」と妻は勝手な行動を夫に侘び、その理由をぽつぽつと話した。

「危険にはならないという、目算があっから、行ったことでもあるのです。
貴方を巻き込めば多分、事態は余計に難しくなると思って。
・・・多分、私だけでないなら衛士長・・・父も、他の衛士を下がらせて一人だけで捕縛という訳には、
いかなかったでしょうし。
無傷で捕らえて、比較的脱出の容易な牢に閉じ込めるという判断も、許されなかったかと思うのです」

話を聞くアッシュの表情が、どんどん渋いものになってゆく。

「そうか・・・、そうだな・・・。
そういった計算の上なら、話をしてから行けと言いたいが、話があれば確かに俺は止めただろう。
そして、余計なことをしただろう。
黙して貴様を捕縛などさせる訳がないしな?」

聞けば聞くほど、今回に限っては自分の出る幕は、無かったのだと思わされる。
伽藺を守るためにいる筈が、全くもって隠密行動や防諜行動に関しては、自分は役立たずだ。
そんな夫の落ち込みを察してか、伽藺が慌ててフォローを入れる。

「いえいえ、私、妖怪ですから!
鼠が侵入出来る程度の隙間があったら、脱出することが出来ますからね」

体質上の問題だと、伽藺は言いたいのだろう。

「私としても目算はありましたものの、確率的には良くて80%程度かな、と思っていましたし。
まず父が職務よりも、親子の情を優先させる方かどうか、という賭けでもありましたね。
そういう意味では、20年以上離れていたという部分は、大きなマイナス要因でしたもの。
・・・まぁそもそも私を、人用の普通の牢に入れること自体、逃げろと言っているようなものでしょうが」

そんなに低かったのか、と、今さらながらにアッシュは、伽藺が赴いた行動の危険性に驚く。
90%だろうが95%だろうが、100%ではない限りアッシュにとっては、危険な賭けであった。
たとえ1%以下であろうと、最愛の妻を失う可能性のある賭けに、乗る訳には行かない。

「あまり、心配を掛けるな」

抱き寄せる腕に力を込める。
妻を失ってしまった場合の自分を想像したのだろうか、その表情は捨て子のように不安気に歪められていた。

 「・・・ぁ・・・」

締め付ける腕の些細な痛みを感じて伽藺は、どれだけ夫が焦っていたのかを改めて知った。

「お出掛けの間に出て、帰って来るつもりだったのですが、あは・・・」

夫の頭を包むように抱き締めて、そのふわりとした癖毛を指で梳く。
妻に少し子供扱いされているような気がして、アッシュはばつが悪い気持ちになったが、
いつまでも落ち込んでいるのは自分に似合わないと思った。
特にここには妻だけでなく老婆と子供もいるのだ。
隠密行動は得意ではないが他については、頼れるのだというところを見せないと、面目が丸つぶれだと思い。
妻を腕から降ろして背筋を伸ばす。

「さて、どうする。追っ手があるならば逃げるぞ。
転移の術を得んと帰れんというならば、その機会を得られるまで身を隠そう。
その必要がなく、話し合いの余地があるというならば、同伴の上で貴様の父の元に赴こう。
今度は捕らえさせなどせん」

夫は繊細な部分の在る人物であるが、動かねばならない時には全ての問題を投げ打ち、前を見据える強さがある。
そういったところが、落ち込み易い伽藺には、心強い部分であった。

「むしろ、今度また捕らえられるようならば、無理にでも連れて帰るぞ。わかったな?」
「はい・・・」

伽藺は薄く笑い、目算も含めた状況を、整理した。

「追っ手は無いと思います。父上からしても対外的な目を気にして、牢に入れただけなのだろうし。
けれど多分これ以上は、私にも何も出来ません。
たとえまたうまく忍び込めたとしても、母にこれ以上の問題提起に耐える体力は無いだろうし、
父もさすがにもう庇うことは出来ないでしょう」
「そうか・・・」
「帰るしか、ないかな・・・。
子供たちのことは、残念だけどこのまま預けるのは、難しそうだし。
さすがに積極的に捕らえようとする程ではないでしょうが、ここにいても迷惑がかかるかも知れませんから」

傍らでサーシャにしがみ付いているユノに、「傷付けてしまっただけだったね、ごめんね」と呟き、頭を撫でた。
実母から拒絶されたショックから立ち直っていないのか、ユノは俯くだけで返事を返すことすら出来なかった。
サーシャには、帰還のためにカルラに、連絡を取って貰うよう頼む。
さすがに、幼くとも仕事を請け負っている身なので、すぐにという訳にはいかないだろうし、出発は夜になりそうだった。

「しかし理解に苦しむ連中だな。
如何に神聖といえ、取り乱しただけで相手を捕縛とは、俺ならば想像すらできん」
「そこまでして、守る必要があるのでしょう。『夢見師』という存在が持つイメージを。
実際以上に多大な能力と、そして過剰な権力を演出する。
そうして反意を持つ者が現れる前に、その牙を抜いておくのでしょう」

伽藺の声音にはほろ苦い響きがあった。
それが表面的に教団を統べている両親ではなく、妹が決めた方針なのだろうと思うと、
何ともやるせない気持ちになってしまうのだった。

「・・・そうか。権力の演出・・・な」

どこにもあるものだなと、アッシュは思う。


彼の故郷はとある南の大国。
生家は医療についての名門と言われる、とある有名な家系の本家筋であった。
国土に点在する膨大な数の病院と、国外の治療院までもを保持する医療富豪。
それこそ対外イメージとしては、『白衣の天使』という言葉に重なる、クリーンなものだったろう。
しかしその実際がどういうものだったかは、内側で育ったアッシュには見えていた。

名誉欲と権威欲に彩られた醜い老人---祖父。
外見が醜かったという訳ではない。
寧ろダークエルフという種族特性上なのだろう、実際の年齢よりは若くて溌剌としていたように思う。
尤も、あの老人が実際に何年ほど生きていたのかは、アッシュ本人の知ったことでは無かった。
ひょっとすれば数百年ほどは生きていたのかも知れない。

彼はその権力でもって次々と若い妻を娶り、生まれた子供を自らの駒として、あらゆる医療機関に送り込んでいた。
妻たちは健康な子を生める若さを失った頃に、祖父の屋敷から姿を消していたかと思う。
どうなったかなどは知らない。
権力に惹かれて集まるような女たちだ、数十年程も遊べる金を手渡せば、快く妻の座を明け渡すことだろう。

・・・老獪なあの祖父が、財産を切り崩さねばならないような別れ方を選んだかどうかは、
深く考えるほどに、きな臭い思考にしかならないので、考えないことにしているが。

そして何より祖父の側には、若くて美しいその時々の妻たちではなく、常にアッシュの母が控えていたように思う。

これがまたあの祖父に輪を掛けて、狡猾で残酷な女だったように思う。
恐ろしいほどに頭が切れ、行動力もずば抜けてあり。その才能の全てを野心と野望のために掛けているような。
そんな母であった。
容姿は自分に似ていたように思う。祖父にも似ていたからひょっとすると、一族のうちの出身だったのかも知れない。
心身に障害を持つ父を蔑み、精力的な祖父に心酔しその手足となって、日々忙しく立ち働いていたことから、
幼少のアッシュはひょっとして自分の実父は、祖父なのではないかと考えたこともあった。

すぐに、そんな興味は持っても仕方がないことだと、頭の内から追い払ったが。

幼き日のアッシュの学力の高さに、祖父は将来が嘱望できると喜んだが、母は言語能力の遅滞がみっともないと蔑んだ。
心酔している男の血を引く子ならばもうちょっと、その成長の具合にも興味を持つのだろうから、
事実はどうあれ母にとって自分は父と同程度の『イキモノ』なのだと。
そう納得したのは、10になった頃か、どうだったか。

祖父だって期待するといいながら、滅多に顔を見せるものでも無かったし、直接声を掛けられることも無かった。
ただ金だけは湯水のごとく与えられ、軽く一人ごちただけで翌日には、欲しいものが届けられる。
それもこれも、期待の気持ちの表れなどではないことを、アッシュはその肌で読み取っていた。
『名門』の名を穢さないがために。
一族の者・・・特に後継者となる可能性のある者には、食うにも学ぶにも不自由させたことはないと。
胸を張って周囲に嘯くためのものなのだった。

また、医療の世界に清らかな家名を、轟かせながら。
裏社会のビジネスにも太いパイプを持っていたことを知っている。
というよりも、あの国で医療関係者としてある程度の高みにまで登った者なら、誰だって知っている話だった。
薬品流通・細菌実験・そして・・・死体ビジネス。
あの立場を以ってしか出来ない、あの立場だからこそ作り上げられた、黒い聖域。

それでもあえて関係者への口止めはせず。ただ、裏切った者にのみ社会的に、制裁を加えてゆくやり方。
真白き姿を維持しながら、黒い噂を強くは否定せず、ただ、強く噛み付いた者は『不思議な事故』で消えて行く。
あれも・・・『イメージの演出』の一つだったのだろう。

やがて、『イメージ』に合わせることが出来なかった自分は、いとも簡単に捨てられた。

---なんということだと、額を押さえてクククと笑う。

アッシュと伽藺。自分と妻は真逆の特性を持っており、似ているところなどは無いかと思っていた。
なのに、妻の故郷を覗いてみれば次から次へと、仕舞いこんだ過去を抉るような事件が起きる。
まったく、本当に。愉快で仕方が無い。

どうやら妻とは本当に、出会うべくして出会った、魂の半身だったのかも知れない。

「納得は、したか?」

問うと伽藺は小さく頷いた。

「結果的に、残念ではあったけれど、心残りはありません。
申し訳ないなと思うのは、私の納得に弟を利用して巻き込んで、傷付けちゃったかなということだけ」
「必要な傷だろう」

いかに傷付けないために吐かれた嘘とはいえ、真実を知るのが後になればなるほど、傷跡は深くなる。
状況に期待が持てないのならば、最初から現実を突き付けておいた方が、よほど子のためになるというものだ。
・・・と、アッシュは思う。

「貴様が納得したならば、貴様にとっては必要な、感情の整理だったのだ。
残された者の感情の整理は、その者ら本人が片を付けるべき問題だ」
「そう・・・、ですね・・・」

そろそろ泣き疲れたのだろう、サーシャの腕で眠り始めたユノを眺めて。
伽藺は静かに頷き、自分も色々と疲れ果てたのだろう、埃だらけの頭を夫に預けて目を閉じた。


カルラから戻って来た連絡によると、こちらに向かうことが出来るのは、空が暗くなってからになるという。
まだ幼い身でありながら、大人と肩を並べて立ち働くというのは、感心しつつも身体の方が心配になる。
けれどそれも彼女が選んだ生き方なのだろうからと、伽藺は雑念を振り払ってアッシュに向き直った。

「出発が夜になるなら、まだ少し時間がありますね。
そういえば貴方は街の外に出たのですよね。・・・砂上艇でも借りて、外を見に行きますか?」
「砂上艇? ああ、何でも構わんぞ。子らも遊ばせよう」
「ええ。・・・もう来れないかもしれない場所だし、目に焼き付けておくのも悪くないです。
狩りのお話もまだ、聞いてはいませんしね・・・」

そうだった、と、アッシュは思い出す。
そもそもその話をするために、伽藺の姿を探していたのでは、なかったか。

「その話も砂上艇でしようか。
砂漠を見ながらの方が、雰囲気も出て良いだろう」
「はい・・・」

そして魔導電話で観光船の手配をすると、ユノを寝かし付けて来たサーシャを目に止める。

「サーシャ様・・・、すみませんでした・・・。
こんなことに巻き込んでしまって。
・・・ユノ様のことに関しては、本当に私の・・・計算ミスでした」

まさか、母の病巣があそこまで、深かったとは。
ユノ単体で見せたなら、自分や希鈴と間違えたのかも知れないけれど、自分が横にいたら間違えようもないだろう、
と・・・伽藺は思っていたのだ。

「いいえ、今回のことはサーシャの、償いでもありましたから。
ユノ様のことも・・・、長い時間を掛けることになるかも知れませんが、私が絶対に元気付けて見せます」

空元気なのだろうが笑顔を見せて、自分を一言も責めないサーシャの包容力に、伽藺は少し泣きそうになった。

「本当に・・・迷惑だけを掛けてしまって、申し訳ありませんでした。
でも、嬉しかったです。・・・私の幼い頃を知るという、貴女に会えて・・・」

サーシャも涙目になり、「こちらこそ、お元気だと知れて、嬉しゅうございました」と、両手を合わせて拝むように頭を下げた。

「もし何でしたらお子たちの事はお任せ下さい、いざとなれば息子夫婦の子ということにしても、育ててみせます」
「・・・そうですね。
どうしても当てが見つからなければ、お願いするかも知れません」

あぁ、どうして。
この老婆は自分にここまで優しいのだろうか。
幼少期に面倒を見たからだろうか? 乳母というものは皆こうなのだろうか?
・・・いや、これは彼女自身の、性格なのかもしれない。
少々先走る部分はあるし、感情的になることも少なくないが、だからこそ子供たちが懐くのだろう。
不器用だが一生懸命な『母』として。


やがて夕刻になり、太陽もずいぶんと地平線に、近付いて来た。。
観光船は思っていたより豪華で、一家族貸切用だったようだが、それでもカルタの砂上艇の数倍はあろうかと思われた。
作業用ではなく純粋に砂漠観覧のために整えられた船内は、装飾も乗り心地も見事で供される食事も最高級だった。

ディナーを終えると砂避けのマントとゴーグル、それからマスクを着けて(ご丁寧に赤子用のものも用意されていた)、
甲板に出て見事な真紅の夕焼けを眺めた。

血のように赤い。どこまでも続く、砂の平原。
ゴーグルの下の瞳で一行は、じっと水平線のような空と砂の狭間を、眺めている。

「赤い・・・。赤過ぎる程の、夕陽の砂漠ですね。
私はここで生まれ、こうして夕陽に包まれて、いたのですね・・・」

双子を夫と分担して抱いていたので、手元に居るアルクを少し上に掲げて、
遠くの砂漠を見えるようにした。

「赤い・・・赤い砂・・・。
よく見てみたら、懐かしいような気にも、なって来ました。
私がここを後にした時期の記憶など、ある筈もないのに・・・ね・・・?」

伽藺に掲げられたアルクは、少々怯えたように母の腕にしがみ付き。
リンネは体を乗り出そうとしていたので、今度は父がその手を高く掲げる番となった。

「リン。よく目に焼き付けたか?
血のルーツである砂漠と、貴様の唯一の祖父母を。
・・・くく、さすがに無理があるか」

不思議そうに手を伸ばしていたリンネではあるが、遠くに見える蜃気楼が掴めないことを知ると、
途端に機嫌が悪くなってぐずり始めた。
アッシュがあやしてもおさまらないので、伽藺の手の中のアルクと交換してみた。
アルクは相変わらず大人しく、見知らぬ風景と船のモーター音を警戒してか、アッシュの胸にしっかりとしがみ付いた。

「・・・もう、ひとつきと少しの命なのに。
今更見聞を深めて、どうするのかと思います。
それでも、出来るだけ貴方と、・・・思い出を重ねたい」

コートの下にくぐらせた瞬間、膨らんでもいない胸元を探り、多少は大人しくなったリンネを抱きながら。
伽藺はアッシュの肩に頭を寄せる。
アッシュはその様子に軽くだけ視線をめぐらせたようだが、
すぐに眼前の赤い砂漠に目をやりながら砂に染み込むような声で伝える。

「かりん。
貴様は肉体としても精神としても若いし、俺のように世界そのものを憎んではいない。
そんな貴様を俺は連れ去ろうという。
・・・恨んでもいい。それでも俺には、貴様だけが必要だ」
「恨む・・・」

今は正直よくわからない。
未来の可能性を摘まれるということも、子供との将来を奪われるということも。
嬉しいとは思わないが、不愉快だと感じるには、まだ臨場感が足りていない。
ただ伽藺はずっと、アッシュのために、生きたいと思っていた。
アッシュの強さに憧れ、弱さを愛おしみ。
だから彼に死ねと言われたなら、彼のために死ぬのは当然なのだ。

「私には何もわかりません。夫がそう決めたから妻として従う、ただそれだけなのです。
貴方を一人にしない。それだけが・・・私のなすべきことなのだから・・・」

二人とも、視線を砂漠から、離さない。
互いの顔を見つめたことろで、マスクにゴーグルにマントの完全武装で、一体誰かさえもわからないからだ。
ただ、ただ。重武装の上からでも感じられる、互いのぬくもりを味わっている。

「悪い父だ、な? ・・・貴様は俺を恨んでくれるか」

アルクは不安そうに見上げ。
乳房がないと納得して、少々不機嫌になったリンネは、マントから顔を出すと「ぅあー!」と怒鳴った。
その時。砂の海で何かがぴょんと飛び跳ねた。
魚のようでいて、そうではない、大柄だか素早い何か。

「まぁ、今見えたのが砂トカゲ、・・・かしら。
貴方は大体あのあたりで、狩りをしていたのですか?」

妻が指差す辺りを見てみる。
正直砂漠などどこがどこだがわからないのだが、指された地点にはトカゲが埋まっている畝が沢山見えた。
ああいう場所が狩場というのならば、ひょっとすればそうなのかも知れない。

「そうだな、確か、その辺りだ」

言って、どれがトカゲの畝だの、捕まえる時は頭を狙うだの、今日仕入れた知識を妻に披露した。
ほとんどはカルタから教わったものだったが、中にはアッシュ自身が体で学んだコツもあった。
伽藺は素直に頷きながら、ちらちらとトカゲの畝に視線をやった。
基本的に何かの理由がない限り、砂トカゲは砂上には姿を現わさない。
知らない人が見ればトカゲが隠れる畝も、単なる砂の海にさざめく波紋にしか見えないだろう。

無数の波、波、赤い波。
その全てに大小さまざまのトカゲが隠れているとは、伽藺はとてもじゃないけれど信じられなかった。

「まあまあの娯楽だったぞ。貴様も食してみれば、よかっただろう。
・・・よく見れば可愛くもなくもない」
「あはは・・・。か、可愛く、なくはない、・・・かな・・・ぁ??」

昨晩のハーブ焼きを思い出し。

「うぅん、確かに鳥と爬虫類は種としては近いところにいるから、肉の味が似ているとは知識としては知っています。
蛇をきちんと血抜きして調理すれば、多少歯ごたえのある鰻のような味になるとも、聞いたことは・・・ありますが。
・・・それでもやっぱり、トカゲは食べたくは、ないです。。。」

がっくりと肩を落とす妻に、そうかと一言だけで遺憾の気持ちを伝えて、
アッシュはマスクを取り外した。
砂埃が強いらしいが、それでもこの熱くて乾いた空気を、胸いっぱいに吸い込んでおきたかった。
数時間程度では肺などは病まないだろうし、病んだとしてもどうせ近々死に向かう身だ。
世界のあらゆる空気を、匂いを、味を。死の世界へと持って行ってやろう。

船が行くに任せて、身を寄せながら砂漠を眺めていると、いつしか空は暗くなり満天の星を散らし始めた。
砂上艇の乗務員がそろそろ街に着くと伝えに来て、サービスにと薄く光る玉の入った幻想的なカクテルを渡す。
聞くとサボテンの一種である発光植物の実で、そのまま噛んで食することも出来るという。
もう砂漠風も止んで静かになったので、ゴーグルやマスクも外していいと伝えられる。
既にマスクを外していたアッシュには少々驚いたようだったが。

酒の味は少し甘めだが濃厚で、光る実は薄く苦みと酸味を備えていた。

「ふむ?
砂国の乾いたイメージにはそぐわん、洒落たサービスだ」

アッシュは皮肉りながら口をつけ、そのままかりんの肩に腕を回すと子供ごと抱き締め、
夜景に中に浮かぶ街の・・・幻想的な灯りを愉しむ。

「・・・帰る刻か」

名残は惜しいが、まぁ大体やりたいことはやったし、それなりに愉しめた。
あとは風呂で砂埃と汗さえ落とせば、もうこの街に思い残すことは無いだろう。


帰宅すると、仕事を終えたらしいカルラが来訪していて、ぐったりと机に突っ伏していた。
もう夜も更けている。8歳ほどの子供からすれば、眠ってもおかしくない時間である。
カルタも共に来ていて明らかにしゅんとした顔で、
「アッシュもう帰るノカ・・・。明日の狩りハ行かないノカ? 
明日はカリンも誘おウト思っテたのニナ・・・」と、長槍を弄びながら俯いている。

「はは、兄と遊びたかったか?
残念だな。かりんは俺と帰るのだ」

意地悪くカルタの巻き毛頭をこづくと、「もーーーっ!!」と少女もぽかぽかとアッシュを叩く。
いつの間にこんなに仲良くなったのだろうと、伽藺は『狩り』というスポーツが持つ力に、
しばし感嘆した。

さて、いつまでも幼い妹を、待たせるわけにはいかない。
二人は手早く風呂を借り、赤子たちも老婆と孫娘に身支度を任せると、少女たちに誘われるまま庭に出た。

「来た時と同じように、魔法陣を描いて、戻るのですか?」

カルラが消耗した様子でこくりと頷く。
というより半分眠り掛けているのかもしれない。
「大丈夫なのか?」とアッシュは指差したが、「サぁ?」とカルタは能天気に笑うだけだった。
 
と、庭木の陰から、人影が姿を現わした。
旅装に身を包んだそれは、布に包んだ人一人ほどもある大きな荷物を抱え、椰子の影に佇んでいたようだ。

「なんだ、誰かいるようだぞ」
「えっ・・・」

その人物をじっと見つめ伽藺は小さく叫んだ。

「ち・・・、父上・・・!? 一体・・・、どうして・・・??」

アッシュがスッと伽藺の前に立ち、庇うように義父を見据えた。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
来客
[07/10 威紺]
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