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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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医師の住まいはすぐそこだった。
「拾い物」をソファーに寝かせると、早速点滴の準備を始める。

彼は治療行為自体は好きだった。
ただ致命的に、人に感謝されることが、嫌いだった。
だから「それ」が物言わぬ人形だったなら、喜んで治療を施すのだろう。


点滴の間、例の手紙を読み返していた。
どうやら某国の軍務の職へと推薦する書面らしい。
それがこの寝ている男の人生を左右する書面である以上、一瞬、
ビリビリに破こうかと考えた。
しかしすぐに、これを利用しない手はないのではないか、と考え直した。

どっちにしろ俺は、この柳男より、圧倒的優位にいるのだ。
医師・アッシュはそう考えると、ほくそ笑まずにはいられなかった。

回復は思ったより早かった。
点滴液の吸収が常人よりもスムーズなのだろうか。
手足の先に水気が巡り、薄桃色の血気を浮き上がらせる。
半日の見込みが・・・。
ほんの一刻程度だった・・・。

彼には珍しく、少し目を見開いた。
こと治療に関して、彼の予想を裏切られたことが、
実に心外であり、また、興味をそそられもしたのだ。

青年は、瞳を開いてから周囲をきょろきょろと見回し、
まだ状況を、把握しきっていない表情のまま、医師の存在に気付いた。
びくりと肩を震わせるが、ここは点滴台が設えられたソファーで、
自分が今現在、介抱されていることを知り、頬を緩めた。

「・・・ぁ・・・えっと、・・・また、寝てました・・・か?
本当にすみません・・・」

声は見た目の印象よりは低く、かといって聞き取り辛いわけではない。
眠っているときの印象ほど、か弱い性質でもないようだ。

「ご迷惑をお掛け致しました。心底・・・申し訳なく・・・」

謝るのが趣味なのか、といいたくなるくらい、謝罪の言葉は並び。
その後にやっと出てきた単語は、医師の嫌いな『感謝』の言葉だった。

「有難う御座います」

にこりと胸元に手をやって。
そこにあったものの紛失に、今になって彼は気付いたようだった。
蒼いような、紫色めいたような、深い色彩の瞳に、困惑が浮かぶ。

「・・・あ、あの・・・つかぬことを伺います、が・・・。
書簡・・・のようなもの、は・・・、私と一緒に落ちて・・・、
・・・いませんでした・・・か?」

そうして再び医師の瞳は、光を宿さぬほどに細まる。

『 ― 有難うございます ― 』

全身に悪寒が走るのを感じ、
それを振りほどくように、すっくと立って口を開いた。

「おはよう、モルモット・・・いや、カランだったか。
くく、カラン、カラン。面白い名だ・・くっくっ・・・」

モルモットという言葉に、小さく首を傾げる。

(ええと何だったっけ。確か何かの動物、だったような。
ハムサンド? ・・・いやそれは違う。
でも・・・、鼠か何か・・・、だった・・・よな??)

年単位の眠りから、醒めたばかりの彼の記憶には、まだまだ
戻りきっていない部分もあった。
しかしその次の言葉が、自身の名を指しているのだろう、ことくらいは
すんなり理解が出来た。

「あっあの・・・。私の名前は・・・!」

訂正しようとした矢先に、医師の注意が飛ぶ

「それはそうと、そのまくしたてるのをやめろ。感謝と謝罪の言葉が、
俺は一番嫌いだ」

片手を白衣のポケットに突っ込み、
もう片方の手で伽藺の額を突っつきながら、ぴしゃりとそう言った
ちなみに、手紙については完全スルーである

「すいませ・・・、じゃない、あ・・・はい」

禁じられたばかりの言葉を、口走ってしまったことに動揺して
名の訂正の件は忘れてしまった。

「まぁ、煩いから、飯でも食え」

突っついていた指でそのままデコピンをすると、
そう言い残して部屋を去り。
しばらくして、病人食を運んできたかと思うと、伽藺の前に置いた。

早く食え、と顎で指図する
淡い味付けで炊かれた粥は、ちょうど伽藺の好物でもあった。

(あ・・・、そうか・・・)
ここしばらく、どうしてこんなに、眠く気怠かったのか。
覚醒しきれないのだと思っていたが、そういえば起きてからというもの、
柳の妖である祖母に付き合って、食物は水くらいしか摂取していなかった。

完全な妖である祖母は、それでいいとして、半分以上は人の血をひいている
自分には無理があったのかも知れない。

そんなことを考えつつ、満足げに箸を置いた瞬間。

「そうそう。
貴様の治療費、体で払ってもらうからな。現金で支払えるなら別だが」

ぽんと頭に置かれる手と、目前にちらつかされる紙片。
伽藺は医師の顔を見上げて、そして紙片をしげしげと、眺めた。
目の前でヒラヒラさせている請求書には、

≪1,000,000,00G≫

と書かれていた。

「いち、じゅう、ひゃく・・・・、・・・はぁ・・・」

普通ならば、それはないだろうと反論するだろう、莫大な額。
しかし彼は年単位の眠りから醒めたばかりで。

「物価も随分上がったのですね・・・。
さすがに、今この蓄えはありません、・・・ね」

首を傾げるだけで、その眠たげな表情は、微塵も動かされなかった。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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