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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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「その通り」

物価が上がったという認識に、神妙に頷いてみせる。
アッシュ医師は、伽藺の蓄えを上回る金額さえ、提示できればよかった。
ぽんと支払われてもつまらない。まあそれはそれで愉快だったか。


「脳味噌カランカランではないようだ」
「・・・・・・!」

医師の軽口に伽藺は、先ほど言おうとしていた言葉を、思い出す。

「そうです、私の名前は『かりん』と、読むのですよ。
柳 伽藺(リュウ・カリン)。
・・・東方の辺境の文字ですゆえ、正確に読めなくても仕方がないとは
思いますが、なるべく覚えて下さいまし・・・ね?」

出来るだけ落ち着いて、ゆったりと伝えてみたが、
腕を組んだこの不遜な医師が、言葉を素直に受け取るような気は、
しなかった。

伸ばした前髪に阻まれた、表情のわかり難い面立ちではあるが、
口元の歪めようといったら、まるで・・・。
そう、過去に読んだことがある童話に、描かれていた猫。
あれを彷彿とさせるではないか。

そして医師は、一通りを聞くと。
びし、と指差した拍子に伽藺の額を突っつき、言い放った。

「ふむ。
貴様はアレか・・・、俺が読みを間違ってると、言いたいのか。
ならばこうすれば簡単だ、貴様がカランと改名しろ」

あまりにもマイペースな宣言に、柳妖のなだらかに垂れた瞳も、
ついぱっちりと開かれる。

「改名ってそんな横暴な・・・」
「くっく・・・そう褒めるな」

さすがに、愉快な内容ではないので、ほんの少し声を荒げてみるも、
「横暴」という言葉は、彼には褒め言葉になるらしい。
恐らくは他のどんな罵り言葉も無駄であろう。
反論する気力を、完全に失って、伽藺は口を噤んだ。

「けれど体で払うといっても・・・」

力仕事が出来る訳ではない、家事にしたって式神に任せっきりで、
その式神も今は祖母の元にいる。
医師の手伝いが出来る技能を、持ち合わせている訳でもなく。
魔術師ではあるが、幻術を得意とする彼が、実戦で役にたつ筈はない。
カンバスと絵の具があれば、それなりに金銭になるものは創れるのだが。

「私に出来ることがあるでしょうか。
ありましたら喜んで、ご協力させていただくのですが」
「出来ることはあるか、だと? 大いにある、沢山ある」
「・・・・・・?」

自分にも、出来ることはあると言われ、伽藺は首をそっと傾げる。
髪に混ざった柳葉が、さらりと音をたてる。
その様子をじっと見つめ、医師はにやぁ、と。厭らしい笑みを浮かべた。


 
- 彼の目覚めは、あまりに早すぎた -

これからおよそ半日をかけて、
彼の処遇や、助けた経緯の嘘八百話などについて、考える暇も。
不思議な彼の身体調査や、実験的治療行為を、施す暇も奪われ。
全ての楽しみが台無しになってしまった。

だがアッシュ医師はポジティブだった。
つまりこう考えた。
(これだけ回復が早いのなら、実験を繰り返し行うには、
最適のモルモットになるではないか)

食事中からずっと、その一挙一動についての観察を続けていたが、
外見・言動・驚異的回復力・書簡の内容などから察するに、
この男は妖魔妖怪の類であり。
頼みの綱は、恐らくこれから訪れる予定である、勤務先のみだろう。
手紙の差出人は、最早この大陸にいないとあるし、連れを探す様子や、
どこぞへの連絡を欲するような様子もない。

・・・実に好都合だ。

そうして、あの莫大な金額を提示するに、至ったのだった。

「見ての通り俺は医師だ。医師は常に、患者を求めている。
だが、俺に助けを求めるような、患者は駄目だ。
患者が医師を選ぶのではない、医師が患者を選ぶのだ」

そう、訳の分からない理屈を述べながら、両手を広げ。
かつかつ、と部屋を歩き回っている。
きっと今の彼の頭の中では、ここはブロードウェイの大舞台。
ずらりと置かれた、薬瓶や治療道具は観客。
ほの暗く照らす蝋燭は、眩いまでのスポットライト、なのだろう。

「は・・・、はぁ・・・」

医師が患者を選ぶ。
聞いたことのない発想だが、まぁだからこそ興味を惹かれる、
話ではあった。
伽藺はその無気力そうな、世を捨てた雰囲気には似合わず、
なかなか好奇心の強い行動的な部分を持っていた。
演説を続ける医師の話に、心ならずも引き込まれてゆく。

そして、唐突に突きつけられる、先程の疑問に対しての解。

「くっく・・どうせ仕事も生きがいもないんだよなあ
よもや、住む場所さえないのではないか?
それならば、俺と寝食を共にしろ。俺のものになれ」

伽藺の背後で、ぴたとその闊歩を止めると。
両肩に手を置き、僅かに力を込めた。

「命の恩人に対して、断る義理はないだろう?」

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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