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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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ちいさなちいさな木造の小屋。
川原には、重そうに雪を載せた、柳、柳、柳。

出迎えは、小さな小さな、白い娘であった。
深々と垂れた頭を無造作に撫でた。一見の姿は変わっていてもわかる。
その『妖』の本分は、変化の術にあるのだから。

「『白』だろ。耳と尻尾が無くてもわかるさ、ニオイは変わらねェ」
「おや」

正体を言い当てられた娘は、どろりと白煙をあげて、元の姿に戻った。
九本の尻尾を持った、小さな小さな狐の姿に。

「さすがは威紺サマで御座いますル。まさか匂いで判別なさるとハ・・・」
「ははっ、半分冗談だ。アイツの側仕えっつーと、お前だろうと、
踏んだだけの話よ」

本当は。
一瞬、この娘が『同棲』の相手か、と思いもしたのだが。
聞いた話とは特徴が違い過ぎたのだ。
14歳ほどの少女という話だったが、目前で頭を下げているのはどう見ても、
10歳にはなっていなさそうな幼い娘で。

白い髪、白い頬。そして血色の瞳から。
『あの』狐・・・、従弟の『式』ではないかと、当たりを付けてみただけなのだ。

「で。用件はもう手紙に書いたと思うんだが。アイツは何処にいるのかねェ」
「ご主人サマ、で御座いますルか」

くきゅ、と首を傾げ。背後を見遣ると。再び向き直って、今度は狐の姿で鎮座。

「もう少々、お待ち下さいまし。今はまだ、お着替えの最中で、御座いますル」
「・・・着替え・・・ねェ」

足先で床をぽんぽんと叩き。

「悪ィがそう待ってもいられねェんだ。
気配で分かると思うが、外には怖い兄さん達が、待ってるモンでね。
逃げられてもつまんねェから、引っ張って行くぜ・・・?」

そう、いい終わらぬうちに。
ずかずかと土足のまま小屋に上がり、奥の間に続く引き戸を開く。

「着替えは後でいいから、出て来いよ伽藺!!」

がらり、と。
引かれた戸の向こうん、佇んでいた・・・のは。

「・・・あれ?」
「・・・・・・」

もう、7年ほどにもなろうかという、昔。
最後に見た姿の其のままの。
大きく見開いた瞳。滑らかな白い頬に、白くて細い首筋。
自分と同じ血が流れているとは、まるで思えない華奢な肩・・・。

深緑の髪だけは長く伸び、背中に落ちながらも、
ところどころ無造作に切られていたが。

「伽藺・・・か、・・・変わって・・・ねぇな? いや・・・変わった・・・??」

変わっていて然るべきなのである。
18歳と25歳では特に男子の場合、体格も骨格も変化して当然なのだ。
なのに。この従弟は。

「あ・・・ぁ、そうか、そういえば、そうだったな、うん」

(・・・そうだ。
確か、コイツは18の・・・いや、19の歳からしばらく。
その身体を一時的に失い、他者の精神にリンクして、過ごして来ていたのだ)

なので、見つけられなかった、訳だが・・・。

後で聞いた話によると、一度破壊された身体を再生するのに、
長い時間と特殊な力が必要であったらしい。
というか、今ここにある『身体』は、実のところ元の従弟のものではなく。
新たな要素を加えて再構成された、ある意味での造り物であるという話である。

「まぁいい。早く出ろよ、里の怖い衆とあと、頭の固いジイ様たちが、お待ちだ」
「・・・それと、僕への恨みに凝り固まった・・・、弟・・・ですよね」

何かを諦めたような、けれど少し割り切れないような、困り笑いで。

「あぁ。頭領も来ている」
「とうりょう・・・ですか。頑張っているのですね、あの子は」

でももう少し待って下さいましね、どうせもうここには戻れないのでしょう、と。
身辺整理の時間を乞うて、従弟・・・『伽藺』は、従兄である『威紺』の肩に、
その頭をこつんと預けた。

「・・・・・・。全く、そういうところは、兄弟似てやがるな。
構わないが扉は開けておくぜ、逃げられでもしたら、たまったもんじゃねぇ」

くす、と笑って。
伽藺が再び、困り眉の笑顔を向けながら、小さく小さく荷物を纏め始めた。

「この鈍臭い僕が、貴方から逃げ仰せられることなど、あるものですか」

・・・10年前なら、其の言葉も信じたであろう、が。

「悪いな、今のお前が前のままでないことは、おれだって知っているんだ。
もうすっかり・・・『あっち側』の存在なんだろう?」

『人』から脱却したことを示す。
髪に混じった柳の葉っぱが、すきま風にさらさらと揺れる。

「。。。そうです、ね。でも・・・、僕は僕、です・・・よ?」


 - あぁ、信じたいさ。
けれど、何故か信じられない。お前はもう、昔のままの、お前じゃない。
何故だろう・・・? おれの中の本能のような部分が、
さっきからけたたましく、気に障る警鐘を鳴らしている。-



整理する荷物は、そんなに多くも無かった。
威紺の目前で片付けられる、最低限の生活用品。
二人の男女が暮らしていた形跡。
・・・伽藺と白、なのだろう・・・、か?

「お待たせ致しました。これで、ひととおりの準備が、
出来たかと思います」

静かな微笑 -何かを覚悟したような- に、威紺は頷く。
それと同時に、奇妙な感覚が背筋を昇ることにも、気が付いた。

(まさか・・・な、コイツに限って。ありえない・・・だろうが。
落ち着け、落ち着くんだ、・・・おれ)

街道まで出ると、馬車と中心とした乗馬の一団が、待っていた。

「・・・大層なことですね。どうせこれだけの人数がいたところで、
『最後』までついて来て下さる方は、誰一人いないのでしょうに」

少し呆れたように肩を竦めた伽藺だが、馬上にいる見知った者たち、
一人ひとりに改めて声を掛ける。

「久しいですね、六兵衛。里を出てからだから、もう8年?
元気にしていましたか? お靖と恵太は大きくなりました・・・??
新佐も変わりなく。少し精悍になりましたかしらね、・・・ふふ」

勘当されているとはいえ、元は里長・・・頭領になるはずだった者が、
一人ひとりに声を掛けて行くというのは。
やはり感激を与えるようで、今から彼を死出の旅に導くというのに、
中には涙ぐむものもいた。

「どうしたのですか、虎彦。久し振りだというのに、泣き顔だなんて。
さぁ、笑顔を見せて下さいまし・・・」
「相変わらず、そういう部分は流石ですね、兄上。
他は何も出来ないながら、人心掌握のみでひとかどの場所まで、
昇り詰めただけはある・・・」

背後から掛けられた声に、静かに振りかえる・・・と。
自分に似た面立ちの。静謐さを湛えた藍色の影・・・。

「希鈴」
「ええ、そうです兄上。そして今は・・・、暮蒔の里長にして頭領」
「・・・名代から正式に、長と成ったのですか」
「もう5年ほども前に。貴方の居ない間、里にも色々あったのです」
「そう・・・」

弟が長を継いだということは。先代・・・父が位を退いたということ。
また、彼の姉も長の位を欲していた筈。彼女がどうなったかも気になる。

「・・・お話、道中に聞かせて下さいまし、ね?」
「さて。兄上のようなご気性の方に、聞かせて良い話かどうか」

刺々しさを隠さない、弟・希鈴に促され、仔狐を抱き馬車へと乗り込む。
隣には威紺が座った。逃げ出さないようにとの、見張り役なのだろうか。

「護衛、宜しくお願い致します、ね?」
「・・・・・・あぁ」

ぶっきらぼうに返して、威紺の視線は伽藺の逆側、
降ろされた御簾の方に向いた。
・・・ほどなくして、馬車は動き出した。

道行きはそう、長いようでも無かった。
というよりは近場に、磁場的にいい場所を探して、『門』を開いたのだろう。
空間を突き破るように、突如として開いている、時空を超えるための門。
あらまぁ、と、見上げて。伽藺はくるりと背後に向き直った。

「妖界の門・・・。この目で見たのは、式結びの儀の日以来、ですね。
お見送り有難う御座いました。皆に付いて来ていただけるのは、
ここまで・・・ですね」

にこり、と。花が綻ぶかのような笑顔を見せて。頭を深く下げる。
たったこれだけの、短い道中であったというのに、
穏やかな物腰に、心を奪われた者は、何人かはいたようで、
哀れむような惜しむような、視線を送っている。

(所詮は人の心を弄ぶ、『幻』属性の術者だ。
傍らに控えている狐の力で、あやしげな術でも施したのだろう)

伽藺の魔力属性を知っている希鈴は、それを別段怪しむ訳でもなく、
つまらなそうな視線で見ていた。

「では、行って参ります、・・・ね?」

頼りなげな笑顔を見せる伽藺。そこに威紺がずいと近付いた。

「っと、おれも途中まで、付き合いますよ」
「まぁ・・・」

希鈴の眉がぴくりと動く。
まさか威紺、貴方まで狐の術中にかかった訳じゃ、ないでしょうね?
いやそもそも、威紺が伽藺に強い保護欲を持っていたことは、
幼い時から見て取れていたことだ。
・・・今は頭領であり、彼の主君である、希鈴よりも。

「でも、この先は純然たる妖界、危険ですよ・・・?」
「残念ながら、おれも『仕事』をして、長いんでね。
突入した事も何度かありますし、門を開く術式だって覚えました」
「そう・・・なのですか・・・」

ぱちりと大きく目を見開く伽藺。
その深紫から逃げるように、威紺は希鈴に顔を向けた。

「いいよな頭領。無事に『先方』に送り届けてこその、『契約』だし。
それに途中で伽藺が、もし逃げたりでもしたら、困るんはアンタだろ?」
「・・・・・・」

今の威紺の様子からは、妖術にかかっているのか、いないのか。
判別を付けることは出来なかった。
ただ、伽藺となるべくなら目線を、あわさないようにしようと、
していることは先刻から明白で。
それは、彼の持つ『能力』を警戒してのことなのか、どうなのか。
答えは至極出し難いが・・・。

「良いでしょう。ただし送り届けたら速やかに、戻って来るのですよ」
「勿論でさァ」

任せるしか、今は無いようだった。
確かに、もし道中に妖に襲われでもしたら、あのひ弱な兄に撃退出来るとも、
思わないし。
何らかの方法で逃げられるのは、確かに困る・・・とても困る。

それに。威紺・・・彼は里を、裏切りはしないだろう。
『彼女』・・・。彼の最愛の者がこちら側に居る限りは。
ほんの少し前には、一族の存続のために、結婚した女だとしても。
彼にとっては今でも変わらず、『最愛の女性』なのだろうから・・・。

「任せましたよ。里の・・・全ての者の命運が、いいえともすれば、
世界全ての者の平穏が、かかっているのですから・・・ね」

片目をつぶってそれに応え。
蛮刀を腰に挿した男は、従弟とその式神を引っ張って、瘴気を噴出す門に、
吸い込まれて行った。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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