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胸に抱いた仔狐に問い掛けるが。
「・・・僕は、生まれてすぐにご主人サマの元に来たので、
あまり覚えてはおりませんですル」
狐は困ったような小声で主人に返した。
「そういえばそうでしたね、すみません・・・ね。
それにしても不思議なところですね、深い霧がかかっているような・・・。
空気が妙に重いような・・・」
「妖たちにとっては、この空気こそが『普通』なんだよ。
逆に現界の空気は軽すぎて、身のこなしに困るようだぜ」
「まぁ・・・、威紺兄上はやはり、博識なのですねぇ・・・」
驚いたように見上げられ、やはり威紺は顔を背けた。
と、その視界の端に映る影、・・・下級妖怪の姿。
妖の中でも、特に知性が低く本能で動いている下級妖怪は、
相手が妖だろうが何だろうが襲って来る。
特にこの一行のような、人間であるにも関わらず、魔力の強そうな存在は、
彼らにとっては美味そうなものに、見えるのだろう。
「下がれ! そう強力な妖じゃねェが、噛み付かれたら厄介だぞ!!」
「は、はいぃ」
伽藺と白を庇うように前に出ると、威紺は妖に向かって蛮刀を振り上げた。
鈍い音がして妖が地面に転がる。
用心のためにあと数回ほど、刀の側面で叩いておくと、取り出した魔力縄で、
近くに生えている枯れ木に縛り付けた。
「気絶しているのですか・・・?」
「襲ってきたとはいえ、ここで人間が妖怪を殺したとなると、
また厄介な問題になるからな」
「そうですね。そのあたりの関係は、いつまで経っても変わることは、
ありませんね・・・」
妖界と現界には、実はいくつかの約束事が、決められていて。
いくら凶暴な妖怪といえ、不用意に殺してしまっては、その約束を破ることに、
なってしまうのだ。
場合によってはそれが、大きな戦争の火種に、ならないとも言えない。
「行くぞ、あんまり遅れたら逃げたと、思われかねんからな」
「はい」
◆
正直、威紺は戸惑っていた。
隣にいるのは紛れもなく、幼少期を共に過ごした従弟であり、
泣き虫で甘えん坊で、気弱でどうしようもなかった、あの小さな伽藺なのだ。
自分が里を出てからは、めっきり食が細くなった、と聞いている。
その手足は今ではか細く、まるで自分の血縁者とは、思えない。
容姿は、世間的には美しいと言われる部類に、入るのかも知れない。
しかし基本的に自分に似ている。どこかおっとりとした、鷹揚な目鼻立ち。
いや、かつては里の中で一番、自分たちが似ていた。
・・・実の兄弟よりも。
だから自分に、影武者としての白羽の矢が、立ったくらいだった。
今となっては体格や表情の違いが大きく、見間違われることは無いだろう。
けれど確かに自分とこいつは似ている。それだけは疑いようが無かった。
・・・そう。
幼馴染で、弟的存在で。保護対象で、自分とよく似た容姿を、していて。
そんな相手に、こんな感情を抱くこと自体が、どうにかしている。
可笑しいのだ・・・。
別に男だからどうというのではない。
実際、男と関係を持ったことも、無い訳でも無い。
しかしその殆どが、たった1歳であれ自分より、年長の相手であった。
今までの人生、年下の者をそういう対象に見たことは、一度として無い。
また、血縁だからどうと思うような良識も、彼とは無縁であった。
実際に初恋の相手であり、今も想い続けている女性は、威紺の実の姉である。
家のためだと、最近になって婿取りをした姉ではあったが、自分の感情が、
それで変わることは無かった。
威紺には、表に出していない息子がいるのだが、その子の母親も年上だった。
年長でない者を、恋愛の対象にした事は、今までに無く。
劣情のようなものを感じたことも一度も無い。
なのに。
この従弟に対して、自分が抱いている感情は、何なのだろう。
かつて感じていた保護欲とは微妙に違う・・・。
ともすれば抱き竦めて、行くなと言ってしまいそうな。
(・・・有り得ねェ。
年下で、男で。子供の頃から知っていて。
細っこい手足には、色気の欠片もねェ。
おれの『いい女センサー』も、とうとうガタが来ちまったか?)
それこそが、卓越した本能が相手の『本質』を、見抜いている証拠なのだが。
この時点での威紺には、そのことを悟る術は無かった。
◆
「此処・・・なのでしょうか」
やがて大きな城へと行き着いた。
彼らの親しんだムロマチ風とも違う、外の世界によくある白亜の城とも違う。
もっと禍々しくてもっと華々しい。
「そのようだな。出迎えが来てやがるぜ」
城門に立っているのは、人とは違う生き物・・・。
二体の片方は、かろうじて人に近い直立の姿勢を保ちながらも、その頭部が、
ねじれた角の生えた馬のような兵士。
もう片方は蝦蟇蛙のような姿の者。
甲冑を身に着けている辺り、この者も兵士なのだろう。
どうやって戦うのかは、想像もつかないが・・・。
「-・・・、--、。・・・--、-・・--。」
鈍い金属を擦り合わせた様な音。しかしこれが妖たちの『言葉』であえることを、
彼らは知っていた。
『アー・・・、コチラ、人ノ世界、暮蒔カラ来タ。約束ノモノヲ連レテ来タ』
たどたどしい威紺の言葉に顔を見合わせると、馬頭の兵士が伽藺を引っ張って、
城の中に入った。
威紺は続こうとしたが、蝦蟇蛙の兵士に、行く先を阻まれた。
「・・・此処まで、ってことか」
見上げるように、睨むように。
真紫の空に聳える妖の城を見据え、従弟の安全を祈るしか・・・。
今の彼に出来ることは無かった。
◆
その昔・・・。
古い掟に決められた縁で、人間の娘が妖の世界に嫁いだ。
霧緒という名の彼女は、優しく穏やかで芯が強く、とても美しかった。
黒髪はどこまでも長く滑らかで。里に積もる雪よりもさらに白い肌。
唇は紅を差さずとも朱く、笑顔は春の桜よりも優しかった。
里長家では末女に当たり、家を継ぐ可能性も、ほぼ無かったため、
生まれながらにして、その運命は決められていたし、彼女もそれに納得して、
育っていった。
さて。彼女の里にはとあるしきたりがあり、一定の年齢になると里人は、
男女を問わず一つの試練を受ける。
それは、妖界に棲む者との縁を結ぶ儀式で、成功すればその妖は式神となり、
その者の生涯が終わるまで仕えるのだ。
霧緒と縁を結んだのは、生まれたばかりの、小さな樹妖だった。
自分よりもさらに幼い樹妖の娘を、霧緒は移し身のように可愛がった。
無論、霧緒の輿入れに、樹妖の娘もついて行く。
掟で決められた婚姻とはいえ、人間と妖怪は随分と違う。
不自由も多かったけれど、最大限の歓待を受けて、しばらくは霧緒も幸せな、
新婚生活を送った。
夫と定められた妖は、人から見ればあまりにも、異形であったが。
元より、物のかたちに拘らない霧緒は、彼のことも深く愛した。
それはそれは、献身的に・・・。
しかし古き盟約の効果は、嫁ぎし者が子を成すときまで。
その子を人界に送り返して、その盟約は効果を終える。
後は・・・。
◆
『さぁ、貴女は』
鈴を転がすような、たおやかな声。
『この子を連れて里にお戻り』
優しい微笑み、綺麗な黒髪。
『この子は次代の、大事な大事な・・・』
彼女は、自分に待つ運命を、悟っていたのだろう。
『お願いね? 愛しい柳伽』
だから、私にそれを見せまいと、若を託して・・・。
・・・だいすきな、霧緒さま。
◆
「馬鹿馬鹿しい掟などね、誰かが崩さないといけないのよ」
ぼそりと呟いた言葉に、馬頭の兵士がちらりと、視線を向ける。
「ナ、何デモナイ、ヒトリゴト、言ッタ」
威紺と同じ、たどたどしい妖魔語で、伽藺が馬頭に弁解する。
馬頭も気にはしなかったようで、そのまま視線を前に戻した。
(今、怪しまれる訳には、いかないから・・・)
せめて。この城の主に会いまみえるまでは。
(100年振り・・・ね。代変わりはしていない筈)
静かに歩を進める。ここで正体を知られるわけには、いかない。
そのために、準備を進めたのだ。
・・・あの方の無念を、もう・・・誰にも、味わわせないように。
◆
「遅いですね、威紺殿・・・」
民の誰かが呟いた。確かにもう戻って来ても、おかしくない時間である。
「まさか・・・、何かあったのでは・・・」
「静まりなさい!」
不安げな声を一喝して、若き頭領が視線を上げた。
「彼を誰だと思っているのですか」
そう。
里で隋一の強力な戦士にして、由緒正しい守人の血筋の者。
生活態度が悪かったり、独断専行が多かったり。
素行に問題は多々あるけれど、やるべき仕事は落とさない男。
「待ちましょう。戻って来るまで。・・・野営の準備をするのです」
ともすれば、少女のように見える繊細な美貌ながら、その口から出た声は、
凛とした将のそれであった。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。