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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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「久し振りに見たけれど、鬼巖城とでもいう感じねぇ・・・」

見上げて呟く伽藺の背中を、馬頭が早く入れとせっつく。

「はいはい、分かっていますよ、と・・・」

抱いていた仔狐を地面に降ろして。

「『式』ハ、逃ガシテ良イ、ノ、デスネ?」

たどたどしく兵士に尋ねてみせた。

「主サマ・・・!」

仔狐は不安そうな瞳で見上げ、『主』はばちりと片目を瞑った。
そうして踵を変えそうとしたが、ふと後ろ髪を引かれたのか、振り返って呟いた。

「そうそう、貴方の名前。センスがないなぁって、ずっと思っていたのですよ。
これからは・・・、『白柳』って名乗りなさい・・・」

もう片方の文字は『あの子』に与えた。
これで、少なくとも二つの存在が、『私』を継いでくれる。
『私』が居たって証明は、あの子たちの中で残る。

「ふふ、じゃあ、行きますね。・・・白」

『しろ』から『はく』に呼び方を変え。
頭を一つ撫でると、伽藺はそのままゆっくりと、城の中へと歩を進めていった。

走る、走る。馬車が通った道を、妖たちの中を・・・。
妖狐とはいってもまだ幼いゆえに、危険な地帯を走るのは命懸けだ。
ちゃんと整備された、安全な街道を選ぶこととて、出来はした。
けれど『白』はなるべく早く戻りたかった。

今ならまだ彼らが居るかも知れない。
居て・・・欲しい。居て下さい。
・・・主サマを助けて!!

短い四肢が懸命に動く。時折石や草に動きを阻まれながら。
小さな爪の間に血が滲み、肉球に擦過傷が出来る。
それでも白い弾丸は、跳ねて跳ねて『門』を目指した。

彼らがまだ待っていることを。
『主』を、助けてくれるだろうことを、祈りながら。

赤昏い空がことさらに真っ暗になった。
月は綺麗に出ているが、それさえ人界の月とは、違うものに見える。
纏わり付くような空気が、さらにその重みを増した。
暑苦しいのか、寒々しいのか。
人の肌では判断し兼ねる、ただ『不快』としか言えない、感覚。

「そうかぁ・・・。夜になった、って、ことかぁ・・・」

『扉』にほど近いところにまで戻り、転がっていた威紺は頭を上げた。
伽藺は行った。これ以上、ここで待っていても、無駄だろう。
逃げて来ることは無いだろうし連れ戻せる訳でも無い。
そもそも自分は、彼を妖たちに売り渡すために、ここまでやって来た。

心配など・・・する権利はない・・・。

「それでも」

微かに見える城の影を睨む。
それでも、手放したくないと思ってしまう、この感情は・・・。
従弟に対する愛着なのか。
・・・それとも・・・。

「ふっ、馬鹿馬鹿しいよな。俺の仕事は済んだ。それでいいんだ。
これでまた・・・、100年・・・ほどは・・・、里は安泰・・・。
・・・一族は・・・、生きながらえた、んだ・・・」

ふらりと立ち上がると。
妖界の赤黒い土を踏みしめながら、『門』を再び開くための、
詠唱を始めようとした。

「光・・・あらます現の世と、闇・・・広がる妖の世・・・、
其を隔てし、父祖の悠久の誓いに、願い奉る・・・」

力の増幅具たる、刀から立ち昇る気が、空間に大きな扉を形造る。
その瞬間。威紺の背中に何か、小さくて弾力のあるものが、
ぶつかった。

「うぉっとと・・・! な、何だよ・・・!!」

詠唱が取り止められたことで、門を象った『気』は消えて再び、
淀んだ空気で構成された空間だけが残った。
振り向くと、白い脚に血を滲ませた、小さな仔狐が倒れていた。

「・・・白?」

呼び掛けて抱き上げると、うっすらと瞳を開いて、狐が呟いた。

「今はもう・・・『白(しろ)』では無いのです・・・。
『白(はく)』とお呼び下さい、なの・・・ですルよ・・・」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!!
お前・・・、手足ぼろぼろじゃねぇか、一体何したってんだよ!?」

威紺に誰何されて、白は慌てて頭を上げた。

「そうなのです!
お願いしますのです、助けて下さい・・・なのですっ!
主殿は、主殿・・・は・・・、
・・・死ぬつもり・・・なのですっ!!」
「死ぬ・・・、つもり・・・」

分かっている。暮蒔の血族であるとはいえ、妖に嫁ぐということは、
死をも覚悟するということだ。

「分かってて俺らは、伽藺を探し当てて、
・・・そしてここまで連れて来た」
「違うですルの!!」

威紺の腕の中で白はぶんぶんと頭を振った。

「分かってないですル! 威紺サマも希鈴サマも、何も分かっては、
いないですルの!!」
「え・・・?」

必死で訴えようとする妖狐の剣幕に気圧される。

「あの方は・・・伽藺サマではありませんのですル!
そしてあの方、柳伽サマは・・・、ただ嫁ぐため・・・に・・・、
・・・ここに来たのでは、無いの・・・ですル・・・」
「・・・・・・!?
な、何・・・だって・・・!!?」



威紺としては一刻も早く詳しい話を聞きたかったが、狐の状態を見て里の者たちが控える場所に、
一旦戻ることを決めた。
そこには希鈴がいる。
性格こそ向こうっ気が強いが、あれでも治癒にかけては専門家だ。

思った通り、待たされた彼は立腹して怒鳴って来たが、白の様子を見ると速やかに治癒術の陣を結んだ。
幼い妖狐の四肢に傷が、みるみるうちに癒えてゆく。
そこからは白による説明の時間であった。空はもうすっかり暗く、どこからかふくろうの声が聞こえてきた。

「兄上が偽者だった、・・・ですって!?」

ぴくりと眉尻を上げる希鈴に、慌てて弁解するかのように、白が叫んだ。

「偽者というよりは、柳伽サマが伽藺サマに、成り代わっていたですル」
「柳・・・伽・・・?」

首を傾げる希鈴に威紺。どこかで聞いた名前だが、それが誰なのかを思い出せない。
と、待機していた民のうちの一人、初老に近付いた年頃の者が、呟いた。

「ひょっとして・・・。
先々代頭領のご母堂のですか・・・?」
「はい・・・なのですル!!」
「・・・!?」

先々代の母親ということは、つまり当代の希鈴からすれば、曾祖母にあたる女性だ。
そしてそれは、希鈴の父の実姉を母とする威紺からしても、同じであった。

「ひぃ祖母さんかよ・・・、ちッ、そういうことか・・・!」

自身の胸騒ぎの正体を悟り、威紺は歯をぎりりと食いしばった。
しかし、それ以前に危惧していたことに比べれば、随分とましな真相である。

(おれはどこまで行っても・・・ということか・・・)

ごくごく個人的な感情に、支配された威紺に比べれば、希鈴は理性的だった。

「何故、私たちの曾祖母上が・・・? そして本物の兄上は一体何処へ・・・?」
「伽藺サマはこのことを知りませんのですル!
柳伽サマは一言も知らせずに、伽藺サマを旅の空に送りましたのですル。
・・・そもそも伽藺サマはまだ、生まれたばかりですル。
お話しても、ご理解出来なかったかも、知れません・・・ですル・・・」
「生まれたばかり・・・? 兄上が・・・ですか・・・??」

こくり、と、手足の傷に治癒を受けた、妖弧が頷いた。

「説明は後なのですル!
柳伽サマは・・・柳伽サマは、契約を破棄するべく、妖界に向かわれたのですル」
「破棄!? 何故・・・」
「・・・・・」



「ご主人・・・サマ? どうしてボクを伽藺サマから、引き離されたのですル?」
「・・・・・・」

旅立つ伽藺を見送った後、ぼんやりと・・・まるで何かが、抜け出したかのように、
柳伽は日々を過ごしていた。
所有権を借り受けた白に対しても、何かを命じるわけでは無く・・・。
ただひたすら、瞑想するように座りながら、過ぎる時間を送っていた。

「少し待ってね、白。
もう少しなのよ・・・、もう少しで根が張るの・・・」
「・・・? 根・・・??」
「えぇ」

にこりと微笑む柳伽。その口から質問の答えを聞きだせたのは、さらにそれから、
一月ほど後だった。

「貴方に協力して貰いたいことがあるの。
そのためには貴方に、『ご主人様』と呼ばれる必要が、あったのよ・・・」
「ふぇ?」

耳をぴんと立てた白を、ゆっくりと抱え上げて、柳伽は続けた。

「・・・私はね、あの里を救いたいの。ううん、そういう言い方は、思い上がりね。
救いたいのは・・・あの方の、そして夫の残した子供たち、孫・・・たち。
そのために、もう古びてしまった約束を、撤回させなければいけないの」
「ふぇ・・・え??」
「・・・妖界と人界の契約は、もう無意味なものと、なっているのよ。
1000年をとうに越す時間が流れて、人界の・・・ムロマチを制する者だって、
何回も変わったわ。
妖界でだって、覇王とされている者は、代替わりしている。
きっと古の契約など、正式な形ではどこにも、記録されてはいないのよ。
それにね・・・」
「はい・・・なのですル・・・?」
「あの時、禁じられた『人と妖の恋』。
今となっては、何処でも行われていることだわ。そう・・・この私からして・・・」

話を半分も理解出来ず、ただ困ったように見上げる白。
しかし、それを気に止めることもなく、柳伽は静かに先を続けた。



かつて、暮蒔の祖である妖の姫は戦の半ばに、敵である人の将に恋をした。
そして彼の人と二人で戦を止めようとした。
けれどその『人』は殺された。『姫』の半身である『皇子』に。
けれど因果なことに姫はもう。その『将』の子を、身篭っていた

「姫はその子を、人の世界で育てることを、希望したわ。
出来ることなら将の生まれ育った里で、人の子として・・・育てたいと・・・」

ただ、皇子はそれを、許さなかった。
いずれ妖界を統治する者として、そこから離れる事が出来なかった皇子は、
姫と離れたくなかったから。
『半身』・・・つまり、双子の片割れのような存在として以上の感情を、
彼は姫に持っていた。

「半身・・・兄妹のようなものなのにですル?」
「白は、生まれてすぐに人界に来たから、わからないのかもだけど、
妖界では親族婚は、特別なことでも禁忌でも、無いのよ」
「ほみゅ・・・う??」

国が違えば習慣だって違う。
ましてや、存在している世界さえも違う、人界と妖界なら当然のことだ。

「妖にはそれぞれ『属性』があってね。
それが強くなればなるほど、力を得ることが出来るの。
血縁が近ければ近いほど、同属性であることが多いから、同族婚はむしろ、
力を強めることだったのね。
人間たちのように、血が濃くなって体質が弱くなることなどは、ほぼ無いし。
それもあって皇子は姫を離したくなかった」

けれど姫の想う者は人族の将で。皇子は姫にとって愛する者の仇だった。
強く拒絶されては皇子も、それ以上は追い掛けることが出来なかった。
姫の恋心も、所詮は短い間・・・数十年程度・・・、のものだろうと、
そう考えてその場では手を引いた。
姫が与する、人界を攻撃することは出来ないと、戦も休止し。

「姫は、将の生まれ故郷の里に入り込んで、一人で子を産み育てたわ。
一説では将の母だった人だけは、そのことを知っていて力になってくれたと、
いうことだけれど。
彼女が妖界の姫だなんて知れたら、産んだ子共々殺されてしまいかねなかった、
あるいは姫がその拍子に力を暴走させてしまえば、
里を・・・、簡単に吹き飛ばしてしまいかねなかった、から・・・」



姫の子は逞しく育ち。知勇共に他者を圧倒する若者となって。
亡き父がそうしたように兵となるべく街に出た。
しかし、子が成人しても月日が経っても、変わらず美しくある姫に、
人々が困惑の目を向け掛けた時・・・。

「子も巣立ったのだからいいだろう、もう戻って来い・・・と・・・、
皇子が再び姫の前に現れた。
けれど姫の中の皇子への恨みは、まだ消えてはいなかったのよ。
拒絶する姫への見せしめに、皇子は里の民を順番に殺し、喰らい。
怒りを暴走させた姫は、皇子を封じるために、妖の力を解き放ち・・・」

周囲一体を、大きな空洞に、してしまった。
皇子も封じることは出来たが、里を壊されて住み家を追われた人たちの、
怒りは強かった。
姫は捕縛され、時の権力者の元に、送還されてしまった。

有力者である皇子を封じたのだから、妖界からの宣戦布告もあるだろう。
其方が人の敵ではないというなら、その力を使って彼らを撃退するが良い。
さすれば朝廷が其方らの立場を人界では保証してやろう。
断れば其方らは化物として扱われ、この人界の何処にも行く場所は、
なくなるだろう。

息子一家の処遇までも問われ、姫はこの申し出を受ける事にした。
妖界に戻っても、裏切り者扱いだろうし、何より人として育った息子が、
妖として生きることは、出来ないと思った。
与えられたのは一応の貴族位と、居住を許された土地・・・とはいっても、
自分が地形までも変えてしまった、元は里だった空洞の近辺・・・。
つまり封印の番人もしろということだった。

「それが・・・」
「えぇ今の暮蒔よ。彼らは人界に妖が紛れ込んだ時、その力を奮って、
彼らを撃退し、人を守るという役目を与えられた。
地位的には貴族扱いだけど、立場は奴隷のようなものね」
「同族・・・妖を倒さないと、生きて行く権利を奪われる・・・?」
「ええ。でも姫はともかく、半妖とはいえ息子は、妖相手には非力。
ついでに言えば、息子の配偶者は、ただの人間だったし、
その子はほとんど、人と変わりが無かった」



だから彼女は妖界の王、つまり父に連絡を取った。
皇子を封じたことについては謝ると。
しかし現状を考えて、自分たち一家の立場は、あまりにも弱い。
だからなるべく、妖が人界に紛れ込まないための、配慮を願うと共に。
そしてもし、そうなってしまった時のために、自分たちにも使える、
戦える力を与えて欲しい・・・と。

王からの返事は、妖とはいえ全てが王の命を、聞くわけではない。
だから、人界に紛れ込む事まで、禁じる事は出来ないと。
ただ、『力』を与えることは、出来る。
妖を契約により『式神』として、使役する権利くらいは与えることが出来る。
ただし『契約』なので、代償は勿論必要なのだが、・・・と。

「姫は受け入れたわ。
その時から暮蒔に『式結び』の風習が出来たの。
そしてその力を使役するにも、ある程度の妖の血は必要だから、時折、
姫の血を継ぐ者を妖界に、送ってくるがいい・・・とね。
その時々で、妖界の力の強い者と契らせて、その血を受けた子を、
暮蒔に還元しようと、いうことだったのだけれど」
「それが・・・、今につづく、輿入れの儀・・・」
「でも、輿入れした者が帰って来たことは、今まで一度も無いわ。
何故かは・・・白も妖なら、わかるわよね・・・?」
「・・・・・・」

狩られる危険を冒しても、妖界から妖がやって来る理由。
人の血肉・・・『命』・・・は、妖に強い力を与える・・・。

輿入れした者は、子を成すという使命を遂げた後、配偶者となった妖、
・・・いや、ひょっとするとそれ以外の者にも、食われてしまう。

「姫が、その契約の残酷さに気付いた時には、もう遅かったのよ・・・」



狐の説明を、つまらなそうな顔で、希鈴が遮る。

「・・・我らが里の創始記ですね。そのくらいは知っています。
だから私たちは、罪人なのでしょう? 生まれながらにして・・・。
今更それをおさらいして、何の意味があるというのです」
「ち、違うのですル! ここで終わりではないのですル、
最後までお話を聞いて欲しいのですルー!!」

必死に続きを語ろうとする狐に、呆れたように肩をすくめると、
暮蒔一族の若き頭領は呟いた。

「分かりました。話して下さい。
ただし手短に。・・・貴方のお話が本当なら、曾祖母上が・・・。
危険なのでしょう?」

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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