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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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問い掛けに対し、アッシュは直ぐにその解答を、提示はしなかった。
かわりに示されたのは、彼の持論と治療に対する理想。
そして、頭がおかしくなりそうな、しかし興味深い話に充分、
引き込んでから言い放った、質問への答え。

『俺のものになれ』

「・・・は・・・い?」


何故そうなるのか、どこをどうすれば、その結果に行き着くのか。
理解は出来なかったが、とりあえず明確な結果だけは、提示された。

軽く混乱するが、つまり・・・は、うーん・・・?

「えっと、まぁ・・・、はいー・・・?」

聞き返したのだが、承諾と受け取られたかも、知れない。
まぁ、それでも良かった。
実際のところ、誰かに『仕える』ことには、慣れている。
というかどちらかというと、下僕気質に近い彼である。
明確な行動意図を、持つ人物に従うのは、実に嫌いではなかった。

「仕事が、決まっていない訳ではないのですが、まぁ。
時間的な猶予・・・は、あります・・・し・・・」
「貴様に、仕事があるかどうか? それは関係ない。
つまりは金を稼ぐ仕事は、作業として勤しむがいい
貴様のプライベートの、身体を休める時間、風呂に入る時間、
便所に入る時間、寝床に入る時間、それらを俺に捧げろ、
・・・ということだ」

アッシュのご高説は、言語を解さない動物さえ、不気味に感じるものだ。
彼は自分の言動を省みないし、気分が高揚するととりわけ、
周りが見えなくなるのだ。
伽藺もご多分にもれず、たじろいでいた。何しろ完全に寝耳に水である。
しかし惑いながらも、彼に拒絶する様子はなく、むしろ同意に
傾いている様子を見てとって、アッシュは満足そうに頷くのだった。

「くっく・・・仲良くやれそうじゃないか、カラン。
いつも、俺が仲良くやろうとすると、何故か逃げ出すやつも多いのだ。
俺が選ぶ患者はなぁ、・・・あまり手元に残らない」

『残らない』という言葉には、逃げ出すものだけを含む訳では、ない。
それは医師に相応しくない性格と、含みのある言い方が雄弁に語っていた。

「はぁ・・・」

いまいち要領を得ないような返答を返しながら、
やはり覚醒しきっていない、ぼんやりとした思考の中で、
伽藺は考えていた。

約束は守らねばならないゆえ、就くべき仕事は決まっていたが。
確かに『生き甲斐』は、持ってはいないと言える。
個人的な時間というものを、この風変わりな医師に委ねるのも、
悪くはないかも知れない。

どうせ・・・、死んだようにしか、生きられない魂。
少しでも彩りのある方が、楽しいではないか・・・?

かつて自分は、自らの選んだ道を悔やみ、罪を責めて生を呪い、
生命を絶とうと、何度か試みたことがあった。
しかし、そのたびに望みは潰え、何故だか生命は繋がれていた。
一族由来の魔力であったり、妖の血を引く回復力であったり。
龍神の加護であったり・・・これはもう失われたが。

そして自らを、罰しても、罰しても、罰しても。
どんな苦痛にも、たちどころに、その身体は順応していった。
それを心地良いと思うほどに。心が先に病んでしまうほどに。

『俺が選ぶ患者はなぁ、・・あまり手元に残らない』

この医師は。
自分に、逃げ出したいと思うほどの、絶望と苦痛を与えてくれるの
だろうか?
場合によっては死を・・・。
バケモノである自分に、それを与えられると、いうのだろうか。

閉ざされた唇が、うっすらと開いた。
そこから覗く、桜色の薄い舌が、唇を唾液で艶めかせる。
ほんの一瞬だけ見せた妖怪めいた表情。

 

・・・あなたはボクを 罰シテくれる ・・・ノ?

 

ふと、伽藺のみせた艶めいた表情に、興味を惹かれた。
その達観したような表情は、それまでのどの患者にも、ないものだった。
しかもそれは一瞬で、束の間の夢のごとく、消え去っていた。

「・・・貴様はあまり、表情を変えないようだ。
よく見れば、ほう・・・なかなか、綺麗な顔をしている。
俺の黒い瞳が怖くはないのか?
それともそれだけ、自分の実力に自信があるのか、・・・いや、
とてもそうは見えないな・・・」

伽藺の顎を摘み、更に続ける。

「何にしろ、表情を変えない奴ほど、その啼き声が愛おしく感じる
ものはない」

返されるのはきょとりとした、やはりどこか無気力そうな、
眠たげな視線。

「・・・怖い? どうしてですか?
貴方は、少し変わった方ですけれど、少なくとも私・・・いえ、
僕を助けて下さいました。
何を怖がる理由が、あるというのでしょう・・・」

公としてではなく、個としての一人称で、気持ちを伝える。
心の読めない、爬虫類めいた、不思議な瞳も。
かつて、龍を宿していた彼からすれば、いっそ安らぎを感じる。

「実力など、何もございません。
唯一、何の準備もなしに仕える技は、幻術のみ。
身体的にも精神的にも、きっととても弱いですよ、・・・僕は」

そう言って浮かべる薄い笑みは、かつてはとある者たちを油断させ。
足元から全てを覆した罪深き微笑。
裏切りの英雄・・・、嘘吐きの聖人・・・。

「・・・まあ、誓約書など面倒なものがなくとも、逃げ出しはしまい?
俺の尊い信頼を、裏切るなよ・・くっくっ」
「はい、ご安心くださいな。
僕には貴方に抗えない、いえ、抗わない理由があります。
ん・・・、何とお呼びすれば宜しいのでしょう。
主様? お館様? ご主人様? 閣下、・・・マスター?」

元の、ぼんやりとした無表情に戻った妖は、今後のための一歩として、
希望の呼称を尋ねた。
一応こう見えても、かつては国王付き執事と、呼ばれた身だ。

「ご主人様などと呼ばれて喜ぶ、低俗な趣味は持ち合わせていない。
ドクターと呼べ。
・・・今日は実に愉快だ」

そうして上機嫌になりながら、伽藺の隣に座るとアッシュは、
血のように赤いワインをあおり出した。
伽藺は少々戸惑いつつ、グラスに再び赤い酒を注いだ。
書簡の内容は覚えている。もうこの際いいだろう。

それよりも今は、この奇妙な医師の動向を、もう少しだけ、
見ておきたいと思っていた。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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