うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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「あのっ・・・!」
上ずった声がリビングに反射する。
「・・・・・・」
それを、面白くもなさそうに見つめる、ソファに腰を落とした男・アッシュ。
「何から申し上げましょうか、怪我をした鳥・・・が、僕の部屋・・・に居たことは、
多分もう・・・ご存知です、・・・よね・・・?」
上ずった声がリビングに反射する。
「・・・・・・」
それを、面白くもなさそうに見つめる、ソファに腰を落とした男・アッシュ。
「何から申し上げましょうか、怪我をした鳥・・・が、僕の部屋・・・に居たことは、
多分もう・・・ご存知です、・・・よね・・・?」
この屋敷の家主であり伽藺の主であり、さらに恋人でもある褐色の医師は、
基本的に他者の心情には鈍いのだが、彼に吐かれる嘘の判別だけは妙に聡かった。
なので隠し飼っていた鳥のことも、当然知っているだろうと踏んでいたのだが。
「あぁ、さっき挨拶に来たあの、変な女のことか」
なんと拍子の抜けた、あっけらかんとした言葉。
ぱちくり、と瞼をまたたかせていると、背後から細い声が、所在なさそうに聞こえてきた。
「あ。ひょっとして内緒にして、下さっていたのですか?
も、申し訳ありません、っ・・・!」
見ると、布地に埋もれたような、少女。
なんとかずり落ちないように、各所を止めているけれど、それでもやはり不恰好だ。
(なるべく早く何か服を、買って来てあげよう)
伽藺は心に決めて、再びアッシュに向き直った。
「知ってらっしゃるなら話は早い。あの・・・彼女をですね・・・」
「好きにしろ」
「「・・・へ?」」
青年と少女の二つの声音が、同時に疑問符を浮かべる。
「好きにすればいいと言っている。飼いたいならどこででも飼えばいい。
貴様の部屋だろうが庭だろうが台所だろうが。
ただし俺に面倒は掛けるな。俺は五月蠅いのや煩わしいのが、嫌いだ」
睨みを利かされ、免疫のない少女は凍る。
けれど伽藺は既に分かっている。この反応は決して、機嫌の悪い状態ではない。
「では、離れを彼女に貸し与えると、いうことで」
「好きにしろと言って、・・・離れ? そんなものを作っていたのか??」
初耳だとばかりに医師が聞き返す。
「ええ。お庭の手入れついでに客室を、言ってませんでした?」
「言ったのか?」
「そういえばドクターは読書中だったような気がします」
がぃんと音がして、拳骨が緑の頭に落ちた。少女は瞳を丸くする。
「馬鹿者。そんなものは、言っていないのと、同じだ」
「はぅ・・・、は、はいぃ・・・」
頭を押さえる伽藺を無視して少女を見遣るアッシュ。
「別に母屋に住ませてもいい」
「・・・! そ、それは・・・なりません!!」
慌てて割って入る緑の頭。
「子供とはいえ女性です、男所帯で生活するには、不自由があるでしょう」
「あ、いいえ私は、別にー・・・」
「男所帯だと・・・笑わせる。大体貴様は男になったり女になったり・・・」
「とにかく駄目ですッ!! 古来より男女七つにして、席を同じうせずと・・・!」
細かいことは気にしなさそうな二人の言葉を遮って。
柳の青年は叫びに近い声をあげた。
「。。。あ、じゃあ私、離れを使わせて貰うことに、しますね?」
普通じゃない剣幕に気圧され、少女がそそくさと部屋を出る。
「・・・・・・。
貴様らしくないな、人の話を最後まで聞かず、大声で遮るなど。
何を心配しているのだ、俺は子供に欲情する趣味は、無いぞ」
呆れ顔のアッシュは、伽藺の懸念をどうも正確には、理解していないらしい。
深く息をつくとぐいっと頬を両手で挟み、伽藺は恋人の鼻に自らの鼻をくっつけて、
言った。
「わかってる・・・んですか!?
あ、あの子の前では・・・その、あの・・・えっと、押し倒したり服を脱がせたり、
しては・・・いけないんです・・・、よ?」
朱に染まった頬の中の、いつになく力を持った青紫の瞳を見つめると、
医師は心底不思議そうに呟いた。
「? してはいけないだと? 何故だ??」
がぃん、とまたもや、鈍い音がした。
今度は妖の拳が、医師の鳩尾にめり込んだ、音だった。
◆
「うーん」
真新しい畳の匂いに包まれながら、少女・・・ピヨ松と呼ばれている・・・は、
大きなため息をついた。
「やっぱり、迷惑に思われてるの、かなぁ?」
あの二人の関係を正確には知らない。
けれど、憎からずの間柄であることは、なんとなく見て取れる。
「お邪魔・・・かな」
考えていても暗くなるだけだった。今は今のことだけ考えるとしよう。
離れとはいえ一人で暮らすには広い造り。
そうだ、インテリアに凝れば、楽しいのじゃないだろうか。
少女は踊るように、建物中をくるくると、回った。
見れば見るほどアイデアが湧いて来る。
可愛い壁掛けを掛けて、小さな時計を置いて。
「。。。。。。」
どよん、と自分の身の上を、思い出す。
裸一貫に近い状態で、放り出されていた自分だ。
小物を買う所持金どころか、自らの衣類さえ持っていない。
「そうだ、髪飾り・・・! あれ、大事なもの、なのに・・・!!
・・・どうしちゃったのかな」
宝物はいっぱいあった。
でも、気がついた時には小さな、鳥篭の中。
あの品物たちは・・・。
それに込められた記憶は、うっすらとしか残っていないけど、それでも、
全てに思い出が詰まっているはずの、あれらは一体・・・。
「・・・なにも、ないよ」
大きな瞳から、小さな涙が、つるりと零れた。
と。
とんとん、とんとん、と。ノックの音が聞こえてきた。
ぶかぶかの袖口で涙を拭うと、頬をぺちぺちっと叩いて笑顔の練習をし、
戸口にたたっと走り寄った。
「あっはい! 今あけますねって・・・、きゃああああぁっ!!?」
赤くて黒くてぬめった物体。
そんなものに訪ねて来られては、非力な少女は悲鳴を上げるしかない。
「は! あっ驚かないで下さい! 僕ですから!!」
声には聞き覚えがあった。
「・・・カ、カリン、・・・様!?」
「少し、回復がおいついていなくて、えーっと・・・こう・・・」
柳の葉がしゅるしゅると巻き付き、見る間に見慣れた形状を再生した。
眠たそうな妖の青年。
「驚かせちゃいましたね、まぁ、よくあることなんで、慣れて下さいなv」
不意にボディを一発抉られ、あの医師が百倍返しにしない訳が、無かった。
「もう、メス刺さってないかなー、うん、大丈夫ー・・・」
軽く後頭部をチェックすると、風呂敷に包んだ品物を少女に手渡した。
「これ、貴女が倒れていた周囲に、散らばっていたんですよ。
まさか小鳥さんの、持ち物とは思わなかったのですが、一応拾い集めて・・・。
・・・貴女の持ち物ですよね?」
「え? ・・・・っっ!!」
そこにあった、思い出の品の数々、・・・小さな・・・髪飾り。
手に取った瞬間、何か思い出しそうになったが、記憶が完全に蘇ることは、
無かった。
そのかわりであるかのように、溢れる涙、涙、・・・涙。
「・・・っ、・・・あ、あり・・・がと、ご・・・っ、・・・ぁ・・・」
「大事なもの、だったの・・・です?」
ハンカチを差し出そうとし、血塗れであることに気付くと、伽藺はそれをひっこめた。
少女は袖で涙を拭うと、しゃくりあげる横隔膜を、なんとか落ち着かせながら。
「わから・・・ない、ん、・・・です・・・っ。・・・でも・・・。
たいせつ、っていうのだけ、は、・・・なんとなく、わか・・・っ・・・!!」
泣きじゃくる少女は、けれどその小さな緑石の髪飾りを、優しく胸に抱き。
子供とはいえ、女性の涙顔をあまり見るものじゃないなと、
伽藺は風呂敷だけを手に取ると、離れを後にしようと足を踏み出した。
よく見ると、風呂敷も血塗れであった。
少女の私物が汚れていないか、それだけが少し気懸かりであったが。
「それじゃあ、夕食の支度がもう直ぐ出来ますから、落ち着いたら母屋に、
戻って来てくださいましね」
伽藺が戸を引く音を耳にし、少女はばっと頭を上げた。
赤く染まった目鼻のままだが、そんなことは気にしていられない。
「あ・・・あのっ・・・!」
「? はい・・・??」
少女は胸元で手を組んで、搾り出すように問い掛けた。
「私・・・! お邪魔・・・だったですか!?
貴方と、えっと、あの方の、生活・・・に・・・!!」
邪魔だといわれたら。
この、思い出が詰まっているのであろう、品たちを持って。出て行こうと思った。
これさえあれば、きっと。生きていける・・・きっと。
とても。とても。辛くて・・・。
・・・淋しいけれど。
唐突に問われて、妖は瞳を丸めた。
そして、あぁ、と。何かに思い至り、息をついた。
(そうか、不安にさせたんだな。僕の・・・態度が)
複雑な感情であったことには代わりがない。
拾った時はただの小鳥だと思っていた。
それくらいの覚悟しか、持ってはいなかった。
まさか、まさか。こんな少女だなんて。
笑いもすれば泣きもする、まだ見たことはないけれど、きっと怒ったりもする・・・。
「鳥人、だったんです」
「ぇ」
「・・・僕の娘はね。白い羽根の鳥の子」
血がつくのも構わずに、髪にそっと手をやった。
「守って、上げられなかったんです。戦争・・・から・・・」
瞳はあくまで柔らかく細められている。
「少しだけね。少しの間・・・だけ。重ねることを、許して下さいね」
髪を撫でて。それから、スッと手を引いた。
「あの方・・・主はああ見えてきっと、貴方のことを気に入っていますよ。
大丈夫、大丈夫だからいつだって、母屋に来てくださっていいのです」
にこ、と、笑うと。
でも夜中は駄目ですよ~、と・・・釘を刺して。
ひらひら手を降りながら、母屋の方向に消えていった。
◆
「満足か?」
唐突なアッシュの問いに、「はい?」と聞き返しながら、伽藺は夕食のシチューを、
食堂のテーブルに配膳していた。
「鳥人について、貴様は並々ならぬ、興味を示すからな」
「。 ・・・・あ、・・・あぁ、はい」
義兄も鳥人だ。かつて、自分が未来の可能性を奪った、と思い込んだ、
元恋人も鳥人。
その兄代わりのメッセンジャーも鳥人。
かつて形式上であるとはいえ結婚していて、
実子ではないものの、深く愛していた娘がいたことを、医師には話したことがある。
「本当にいいんですか?」
「ん?」
「・・・だって貴方は、僕が・・・過去に思いを、馳せることが・・・」
はぁ、とわざとらしいほどに大きく息を吐いて、アッシュが卓上のシチューを流し見る。
「俺が許せんのは貴様が過去に囚われることだ。
別に思うくらいはどうでもいい、それが俺への関心を上回らないのならな」
『俺と○○とどっちが好きだ』とは、この医師が良く伽藺に問う言葉だった。
無論、アッシュ医師だと答えねば、機嫌を損ねる訳だが、
しかし一度確認した物事を、かさねてしつこく確認することは、彼は無かった。
「それとも何だ。その感傷が俺に対する忠誠を、上回っているというのか?」
「まさか・・・!」
くっくっ、と黒い顔の中に白い歯を見せて、大男の医師が笑った。
「なら、俺より劣る者どもに対し、いちいち気を揉む必要はない。
そうだろう?」
当然のこととばかりにアッシュが流す。
その様子に伽藺が少し困ったように笑った。
(きっと嫌がるだろうから、口に出しては言わないけれど。
貴方は・・・、僕があの子を大切にしたいと、思っていること。
『彼ら』とは違い・・・今度こそ、守り抜いて幸せに健やかに育てたい、
・・・という願い。
全てを理解した上で、あえて僕の好きなように、させて下さっているのですよね。
それが僕の心の、平穏や安寧に繋がるのなら、と・・・)
「? 何だ??」
じっと見つめる視線に気付き、アッシュは眉間に皺を寄せた。
「いいえ」との一言で話をはぐらかした後。
じっと瞳を覗き込んで。
「本当に感謝しています。大好き、・・・貴方を世界で一番、愛しています」
微笑んで告げると、シーザーサラダにパルミジャーノを削り、食卓の準備を終えたのだった。
基本的に他者の心情には鈍いのだが、彼に吐かれる嘘の判別だけは妙に聡かった。
なので隠し飼っていた鳥のことも、当然知っているだろうと踏んでいたのだが。
「あぁ、さっき挨拶に来たあの、変な女のことか」
なんと拍子の抜けた、あっけらかんとした言葉。
ぱちくり、と瞼をまたたかせていると、背後から細い声が、所在なさそうに聞こえてきた。
「あ。ひょっとして内緒にして、下さっていたのですか?
も、申し訳ありません、っ・・・!」
見ると、布地に埋もれたような、少女。
なんとかずり落ちないように、各所を止めているけれど、それでもやはり不恰好だ。
(なるべく早く何か服を、買って来てあげよう)
伽藺は心に決めて、再びアッシュに向き直った。
「知ってらっしゃるなら話は早い。あの・・・彼女をですね・・・」
「好きにしろ」
「「・・・へ?」」
青年と少女の二つの声音が、同時に疑問符を浮かべる。
「好きにすればいいと言っている。飼いたいならどこででも飼えばいい。
貴様の部屋だろうが庭だろうが台所だろうが。
ただし俺に面倒は掛けるな。俺は五月蠅いのや煩わしいのが、嫌いだ」
睨みを利かされ、免疫のない少女は凍る。
けれど伽藺は既に分かっている。この反応は決して、機嫌の悪い状態ではない。
「では、離れを彼女に貸し与えると、いうことで」
「好きにしろと言って、・・・離れ? そんなものを作っていたのか??」
初耳だとばかりに医師が聞き返す。
「ええ。お庭の手入れついでに客室を、言ってませんでした?」
「言ったのか?」
「そういえばドクターは読書中だったような気がします」
がぃんと音がして、拳骨が緑の頭に落ちた。少女は瞳を丸くする。
「馬鹿者。そんなものは、言っていないのと、同じだ」
「はぅ・・・、は、はいぃ・・・」
頭を押さえる伽藺を無視して少女を見遣るアッシュ。
「別に母屋に住ませてもいい」
「・・・! そ、それは・・・なりません!!」
慌てて割って入る緑の頭。
「子供とはいえ女性です、男所帯で生活するには、不自由があるでしょう」
「あ、いいえ私は、別にー・・・」
「男所帯だと・・・笑わせる。大体貴様は男になったり女になったり・・・」
「とにかく駄目ですッ!! 古来より男女七つにして、席を同じうせずと・・・!」
細かいことは気にしなさそうな二人の言葉を遮って。
柳の青年は叫びに近い声をあげた。
「。。。あ、じゃあ私、離れを使わせて貰うことに、しますね?」
普通じゃない剣幕に気圧され、少女がそそくさと部屋を出る。
「・・・・・・。
貴様らしくないな、人の話を最後まで聞かず、大声で遮るなど。
何を心配しているのだ、俺は子供に欲情する趣味は、無いぞ」
呆れ顔のアッシュは、伽藺の懸念をどうも正確には、理解していないらしい。
深く息をつくとぐいっと頬を両手で挟み、伽藺は恋人の鼻に自らの鼻をくっつけて、
言った。
「わかってる・・・んですか!?
あ、あの子の前では・・・その、あの・・・えっと、押し倒したり服を脱がせたり、
しては・・・いけないんです・・・、よ?」
朱に染まった頬の中の、いつになく力を持った青紫の瞳を見つめると、
医師は心底不思議そうに呟いた。
「? してはいけないだと? 何故だ??」
がぃん、とまたもや、鈍い音がした。
今度は妖の拳が、医師の鳩尾にめり込んだ、音だった。
◆
「うーん」
真新しい畳の匂いに包まれながら、少女・・・ピヨ松と呼ばれている・・・は、
大きなため息をついた。
「やっぱり、迷惑に思われてるの、かなぁ?」
あの二人の関係を正確には知らない。
けれど、憎からずの間柄であることは、なんとなく見て取れる。
「お邪魔・・・かな」
考えていても暗くなるだけだった。今は今のことだけ考えるとしよう。
離れとはいえ一人で暮らすには広い造り。
そうだ、インテリアに凝れば、楽しいのじゃないだろうか。
少女は踊るように、建物中をくるくると、回った。
見れば見るほどアイデアが湧いて来る。
可愛い壁掛けを掛けて、小さな時計を置いて。
「。。。。。。」
どよん、と自分の身の上を、思い出す。
裸一貫に近い状態で、放り出されていた自分だ。
小物を買う所持金どころか、自らの衣類さえ持っていない。
「そうだ、髪飾り・・・! あれ、大事なもの、なのに・・・!!
・・・どうしちゃったのかな」
宝物はいっぱいあった。
でも、気がついた時には小さな、鳥篭の中。
あの品物たちは・・・。
それに込められた記憶は、うっすらとしか残っていないけど、それでも、
全てに思い出が詰まっているはずの、あれらは一体・・・。
「・・・なにも、ないよ」
大きな瞳から、小さな涙が、つるりと零れた。
と。
とんとん、とんとん、と。ノックの音が聞こえてきた。
ぶかぶかの袖口で涙を拭うと、頬をぺちぺちっと叩いて笑顔の練習をし、
戸口にたたっと走り寄った。
「あっはい! 今あけますねって・・・、きゃああああぁっ!!?」
赤くて黒くてぬめった物体。
そんなものに訪ねて来られては、非力な少女は悲鳴を上げるしかない。
「は! あっ驚かないで下さい! 僕ですから!!」
声には聞き覚えがあった。
「・・・カ、カリン、・・・様!?」
「少し、回復がおいついていなくて、えーっと・・・こう・・・」
柳の葉がしゅるしゅると巻き付き、見る間に見慣れた形状を再生した。
眠たそうな妖の青年。
「驚かせちゃいましたね、まぁ、よくあることなんで、慣れて下さいなv」
不意にボディを一発抉られ、あの医師が百倍返しにしない訳が、無かった。
「もう、メス刺さってないかなー、うん、大丈夫ー・・・」
軽く後頭部をチェックすると、風呂敷に包んだ品物を少女に手渡した。
「これ、貴女が倒れていた周囲に、散らばっていたんですよ。
まさか小鳥さんの、持ち物とは思わなかったのですが、一応拾い集めて・・・。
・・・貴女の持ち物ですよね?」
「え? ・・・・っっ!!」
そこにあった、思い出の品の数々、・・・小さな・・・髪飾り。
手に取った瞬間、何か思い出しそうになったが、記憶が完全に蘇ることは、
無かった。
そのかわりであるかのように、溢れる涙、涙、・・・涙。
「・・・っ、・・・あ、あり・・・がと、ご・・・っ、・・・ぁ・・・」
「大事なもの、だったの・・・です?」
ハンカチを差し出そうとし、血塗れであることに気付くと、伽藺はそれをひっこめた。
少女は袖で涙を拭うと、しゃくりあげる横隔膜を、なんとか落ち着かせながら。
「わから・・・ない、ん、・・・です・・・っ。・・・でも・・・。
たいせつ、っていうのだけ、は、・・・なんとなく、わか・・・っ・・・!!」
泣きじゃくる少女は、けれどその小さな緑石の髪飾りを、優しく胸に抱き。
子供とはいえ、女性の涙顔をあまり見るものじゃないなと、
伽藺は風呂敷だけを手に取ると、離れを後にしようと足を踏み出した。
よく見ると、風呂敷も血塗れであった。
少女の私物が汚れていないか、それだけが少し気懸かりであったが。
「それじゃあ、夕食の支度がもう直ぐ出来ますから、落ち着いたら母屋に、
戻って来てくださいましね」
伽藺が戸を引く音を耳にし、少女はばっと頭を上げた。
赤く染まった目鼻のままだが、そんなことは気にしていられない。
「あ・・・あのっ・・・!」
「? はい・・・??」
少女は胸元で手を組んで、搾り出すように問い掛けた。
「私・・・! お邪魔・・・だったですか!?
貴方と、えっと、あの方の、生活・・・に・・・!!」
邪魔だといわれたら。
この、思い出が詰まっているのであろう、品たちを持って。出て行こうと思った。
これさえあれば、きっと。生きていける・・・きっと。
とても。とても。辛くて・・・。
・・・淋しいけれど。
唐突に問われて、妖は瞳を丸めた。
そして、あぁ、と。何かに思い至り、息をついた。
(そうか、不安にさせたんだな。僕の・・・態度が)
複雑な感情であったことには代わりがない。
拾った時はただの小鳥だと思っていた。
それくらいの覚悟しか、持ってはいなかった。
まさか、まさか。こんな少女だなんて。
笑いもすれば泣きもする、まだ見たことはないけれど、きっと怒ったりもする・・・。
「鳥人、だったんです」
「ぇ」
「・・・僕の娘はね。白い羽根の鳥の子」
血がつくのも構わずに、髪にそっと手をやった。
「守って、上げられなかったんです。戦争・・・から・・・」
瞳はあくまで柔らかく細められている。
「少しだけね。少しの間・・・だけ。重ねることを、許して下さいね」
髪を撫でて。それから、スッと手を引いた。
「あの方・・・主はああ見えてきっと、貴方のことを気に入っていますよ。
大丈夫、大丈夫だからいつだって、母屋に来てくださっていいのです」
にこ、と、笑うと。
でも夜中は駄目ですよ~、と・・・釘を刺して。
ひらひら手を降りながら、母屋の方向に消えていった。
◆
「満足か?」
唐突なアッシュの問いに、「はい?」と聞き返しながら、伽藺は夕食のシチューを、
食堂のテーブルに配膳していた。
「鳥人について、貴様は並々ならぬ、興味を示すからな」
「。 ・・・・あ、・・・あぁ、はい」
義兄も鳥人だ。かつて、自分が未来の可能性を奪った、と思い込んだ、
元恋人も鳥人。
その兄代わりのメッセンジャーも鳥人。
かつて形式上であるとはいえ結婚していて、
実子ではないものの、深く愛していた娘がいたことを、医師には話したことがある。
「本当にいいんですか?」
「ん?」
「・・・だって貴方は、僕が・・・過去に思いを、馳せることが・・・」
はぁ、とわざとらしいほどに大きく息を吐いて、アッシュが卓上のシチューを流し見る。
「俺が許せんのは貴様が過去に囚われることだ。
別に思うくらいはどうでもいい、それが俺への関心を上回らないのならな」
『俺と○○とどっちが好きだ』とは、この医師が良く伽藺に問う言葉だった。
無論、アッシュ医師だと答えねば、機嫌を損ねる訳だが、
しかし一度確認した物事を、かさねてしつこく確認することは、彼は無かった。
「それとも何だ。その感傷が俺に対する忠誠を、上回っているというのか?」
「まさか・・・!」
くっくっ、と黒い顔の中に白い歯を見せて、大男の医師が笑った。
「なら、俺より劣る者どもに対し、いちいち気を揉む必要はない。
そうだろう?」
当然のこととばかりにアッシュが流す。
その様子に伽藺が少し困ったように笑った。
(きっと嫌がるだろうから、口に出しては言わないけれど。
貴方は・・・、僕があの子を大切にしたいと、思っていること。
『彼ら』とは違い・・・今度こそ、守り抜いて幸せに健やかに育てたい、
・・・という願い。
全てを理解した上で、あえて僕の好きなように、させて下さっているのですよね。
それが僕の心の、平穏や安寧に繋がるのなら、と・・・)
「? 何だ??」
じっと見つめる視線に気付き、アッシュは眉間に皺を寄せた。
「いいえ」との一言で話をはぐらかした後。
じっと瞳を覗き込んで。
「本当に感謝しています。大好き、・・・貴方を世界で一番、愛しています」
微笑んで告げると、シーザーサラダにパルミジャーノを削り、食卓の準備を終えたのだった。
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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
HP:
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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