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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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「もういいです! そんなことわかってます!!
・・・けど、貴方から欲しいのは、そんな言葉じゃない」

叫んだのは柳の妖。ソファから立ち上がり、ドレスに包まれたその身を翻す。
主の言うことは正しい、冷酷なくらいに明瞭だ。・・・でも。
それでも正論ではなく、ただ単純に励ます為の言葉を、言われたい時もある。
モルモット風情が、そんなことを望むのは、贅沢だろうか?


「それで、何が言われたいのだ」

実験動物の心の機微が、医師にはわからない。
元より、医師には想像もつかないような理由で、泣いたり笑ったり、
拗ねたり照れたりする生き物ではあったが。
ここまで反抗的な態度で、批難をくれて来ることは無かった。

「そんなこと、僕が教える必要、ありますか?
僕が必要ならご自分で考えてくださればいい。
僕が『逃げられない』のではなく、『逃げない』のだということ、
ご理解して下さっているかと思います。
なら、脚を止めるためには何が必要か、わかっていらっしゃると思いますが」

囚われているのではない。
自らの意思で従っているのだ、とは、樹妖が常々伝えている言葉。
しかし医師は其れを永らく信じなかった。
恐怖や立場に縛られもしていないのに、自らの元に留まる存在があるとは、
到底考えられなかったから。

「わからんな、足枷と鎖か」
「足枷と鎖で妖が捕らえられるとお思い?
何なら檻も加えてみてはどうですか。世紀の奇術ショーをお見せしますよ」

日頃、柔和な微笑を湛える瞳も、この時ばかりは吊り上がっていた。
従順な存在が好きな医師は、本来『下僕』がこのような顔を見せたりすれば、
有無を言わさず打ち据え・・・。
命を失わない程度に痛め付け黙らせていた。

けれど、この『特別なモルモット』に、其れをするには。
医師は情を移し過ぎていたし愛着を持ち過ぎていた。
怒りを孕み、挑戦的に睨み付ける視線さえ、愛らしいと感じてしまう。
自分は病気にでも、なってしまったのだろうかと、本気で思う程に。

「生憎、人の心理という分野はさっぱりと分からん
だからこそ力と道具でしか繋ぎとめる術を知らんのだが?
逃げるのならば、何度でも捕まえよう
貴様がどんなに俺を嫌がろうが、その姿が消えない限り、
何度でも何度でも見つけ出して鎖で縛ろう
考え方の相違や、感情の摩擦があろうが、貴様に執着していることだけは、
俺は決して変わらん」

彼は不器用だった。
押さえ付け、閉じ込める意外の、方法を知らない。
そして、半年以上の付き合いの中で、学んでもいた。
この妖を、それで捕らえることは、無理であろうと。

檻にほんの少しの空気穴でもあれば、其処から其の身を細い木の根に変え、
脱出してしまうのだろう。
もし土でも見えてたりしたら、そのまま地中に埋まってしまうかも、
知れない。
確実に手元に留め置くには、火で燃して完全に、絶命させるしか無い。
しかしそれは医師自身が望まない。

笑って、泣いて、拗ねて、照れて・・・時に激しく懇願して。
そんな感情をくまなく医師に捧げてこそ、このモルモットの『価値』があった。

ふと。
ドレスに包まれた膝が崩折れ、怒りの色を湛えていた双眸からは、
ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出した。

「そんなに・・・難しいものじゃ、ない・・・です。ただ・・・。
心細いときに誰に頼りたいのか、それだけ・・・理解して、欲しかった・・・」

・・・意外だった。

先ほどまではあんなに、声を荒げていたというのに。
心細さから、過剰反応で背筋を伸ばし、怒りのような感情を見せる、というのは、
医師には想像もつかない事であった。
なぜなら医師は、『心細い』と感じた瞬間が、人生の中にほぼ無かったから。
ひょっとすると幼少期には、あったのかも知れないが。
記憶にもないような、時期の話は、無いも同然のことだ。

「俺が貴様の真実の味方でいることは当然だろう ?」

疑う理由が分からない。
揺らぐ心が分からない。

「当然でも・・・! 言ってくれないと・・・わからない・・・。
普段では信じられても、心が弱っているとき、証が欲しい・・・ものなのです・・・。
貴方だけに・・・、満たされるんです・・・!! 貴方は違うんですか・・!?」

何を言っているのだか。貴様『だけ』に、満たされるなど。
今更、言わないとわからないのか?
半年以上も共に暮らして、一体何を見ていたのだ。

そう考えて。
医師はふと・・・白いドレスの中で、うずくまる緑の青年を見た。

そうか・・・。
自分も『何を』見ていたのだろう・・・。
今までのモルモットには、こんな泣き方をする者は、居なかった。
だから『おかしな奴だ』と。そう片付けていた。

・・・それだけで、片付けていた。

少し、途方に暮れたような顔で、宙を眺めると。
覚悟を決めたかのように深く深く息を吐いた。
ソファから立ち上がると、つかつかと近付いて、座り込むその腕を摑み、
そのまま引っ張って再びソファに持たれかかった。
樹妖も傍らにとすんと倒れ込む。

「当たり前、だろうが・・。
言わんと分からんということが、俺には分からんかった。
・・・・・・・悪かった、許せ。
もう少し貴様の思考を理解するよう、努力しよう」

素直に謝るような事が、人生でどれだけあったろう?
蒼紫色の瞳が、大きく見開かれて、じっと見上げている。
あまり見られたくはない。
顔を逸らしてはみたけれど、頬が赤くなってことについては、
気付かれはしなかったろうか。

普段ならば、樹妖のような白い肌と薄桃色の頬を、美しく思いもするのだが。
今だけは、顔色の分かり辛い褐色の肌を、少しだけ有難く思った。

「貴様の自尊心は貴様だけのもので、その内容について口を出すものではない。
それが俺の考え方だ。
だが、貴様が貴様の立場に立った目線から、ものを考えることを欲するならば、
それも考慮するようにしよう」

ドレスに合わせてか、綺麗に白粉で彩られた顔に、ほんのりと紅が挿す。
不安げな濡れた瞳には、もううっとりと、喜びが浮かんでいる。
・・・本当に、単純なものだ。
たった一言で泣き喚いて、たった一言で頬を染める。

「はい・・・見ていて欲しいんです。
余所見はしてもいい、楽しいことに没頭してもいい、でも・・・。
なるべくなら僕が何をして、何を考えているのか。
一般論・正論をわかっていながら、はまれなくて苦しんでいるときも、
多いんです。
そのときに正論を解かれても、それは苦しいだけだから」

「貴様のことは人一倍見ているが、頭の中まではあまり深く立ち入らないように、
していたかもしれない。
貴様はといえば、そうして考えてみると俺の考え方を理解し、共有しようと、
努力しているのかもしれない」

倒れていた妖を拾ったあの日、医師はどのようにしてこの青年を、
怯えさせようか・・・、飼い慣らそうか・・・。そのことばかりを考えていた。
しかし怯えるでもなく震えるでもなく。自然に医師の生活に住みついた彼は、
特別なストレスを感じさせもせず・・・。
時折見せる小さな反抗さえ、苛めて遊ぶための適度な刺激となって。
今では、見なければ不安を感じさせるくらいに、医師の中に溶け込んでいた。

「俺にも同じように、できるだろうか?」

桃色の紅を挿した唇が笑みを形造る。

「貴方が、苦労や苦痛なく過ごせるように、と。
僕はそれを・・・願って来ましたし、出来る限りで・・・努力したつもり・・・です。
至ってはいなかったかも知れませんが・・・」
「・・そうか、それが優しさということか」

そんなものはついぞ、受け取ったことも無かった。誰からも。無論、親からも。
高額の金子に釣られて、狂人の館として有名だった、実家で働いていた、
大勢の使用人たちからも、誰一人・・・だ。
樹妖はただこてりと頭を預け、医師は黙ってその肩を抱き寄せた。

「いつか、嫌われようが関係ないとは言ったが、できれば嫌いにはなるな」
「・・・嫌い、になんて、・・・なりません」

頬に唇を寄せた樹妖の、それをそのまま、顔を傾けて吸い上げ。
唇を離した瞬間の、ほう、という吐息を聞いて。
そこに息付いている『存在』が、玩具ではなく生物・・・、『人』なのだと確認した。

「今、本当に、幸せ。愛して・・・います」
「貴様も酔狂だ・・」

ほんのりと笑い合い。ぴたりと身を寄せ合ったまま、夜明けの鳥が啼くのを聞いた。
この日、医師と樹妖は今まで通りの、『主従』という関係にもう一つ。
『恋人』という肩書きを加えた。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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