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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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アッシュは目前に広がる街、そして白皙の建物へと視線を巡らせた。

「なんと、白い」

砂の舞い白日の照りつける、夢想的な光景に感嘆するように呟き、
そっと妻の手を握り締めた。
不安になっていたり、怯えているのではないかと、少し心配になったからだった。
それほどまでに、魔法陣に乗ってからの伽藺は、言葉をひとつも発さなかったから。


「いつか他国へ旅をした際は、馬車に揺られ、長い時間と長い距離を、
貴様と共に感じたものだが。
これだけ一瞬で移ると、呆気にとられるしかないな」

しかし、返事は無い。

「・・・? かりん、聞いているか??」

はっとその問い掛けに気付き。

「あ・・・、はい・・・。
あの馬車の旅はとても、素敵な思い出です・・・」

繕うような笑顔で告げるとまた、視線を一点に向け直した。

「・・・・・・」

視線の先を、アッシュも追う。
そこには街の中心を彩る、大きな大きな信仰の対象。

「まるで幽閉の塔だ。
此処に眠り姫たる、貴様の母がいるわけだ」

伽藺に似ているというからには、どこか儚げで今にも消え去りそうな、
慈愛に満ちた女なのだろうなと、アッシュは予想した。
いつかちらりと見た姿絵では、全くの子供のような姿であったが。
あれからほぼ30年に近い時が流れている。
まさか、妻の実親に浮気心は抱かないが、純粋に目の保養だと考えて、
美女と会うことを嫌がる男が居るだろうか?

「早く逢いたかろう。
自慢の息子どもを見せてやれ」

ぴくりとも動かない妻に声を掛けると、初めてぎゅっと手を握り返して来る、
感覚があった。

「どうしましょう、私、膝が…震えています・・・」
「ん?」

よく見ると歯の根ががちがちと鳴っている。

「母上に否定されたら・・・。
今は幸せだから、波風立てないで、なんて・・・言われたら・・・」

またはっと気付いたような顔をして、何でもないとばかりに笑顔を浮かべた。

「ふ、ふふ。私ったら何を、言っているのでしょうね。
もし母上に否定されたとしても、嫌われたと・・・しても、今までの生活が何ら、
変わることはないのに。
貴方だけは、私を否定しない・・・のだから、怖がることは・・・無い・・・のに」

自分に必死で言い聞かせるかのように。
そんな妻の様子を夫は、静かな瞳で見つめていた。
彼も、かつて。

「・・・分からんでもない。
生みの親に否定されることは、世界に否定されるに等しい。
当然の怯えだ」

握る手に、力を込める。

「だが案ずるな。
貴様は既に、親なくとも自ら否定を覆す力を、得ている。・・・そうだろう?
俺という伴侶も、他、数多くの絆も。
貴様自身、ただ一人で選択したものなのだから」

菫の色をした瞳が、夫を見上げて揺れている。
そう。
親が世界の全て、だった時期はとうに過ぎ。
今は自分が望んで親となり、子供たちの世界になっている。
夫にしてもそう。夫にとっても、今は自分が・・・。
『伽藺』が、彼の選び取った、たった一つの世界。のはず。

伽藺が選んだ『世界』も。今その手を握り返して来る、愛する夫が持つものだ。

「行くぞ、かりん」
「は、はいっ」

アッシュに導かれ、伽藺は砂塵の舞う未知の街に、足を踏み入れた。
夫の片手には、天蓋の付いた双子用の大振りなベビーカーが、押されていた。
かなり重い筈だが、アッシュは車体をふらつかせることもなく車を押しながら、
軽々と妻の手も引いている。
対しての伽藺は、家族と子供の着替えを詰めたバッグを抱えただけで、
もうふらふらと今にも倒れそうだ。

「リン、アル。大人しくしているのだぞ」

砂と日光を避けるための、透けた幕の中に見える、双子の影に声を掛ける。
それまできょろきょろと好奇心旺盛に周囲を眺めていた娘と。
警戒するように姉に身を寄せ、周囲の様子を伺っていた息子は。
揃って「あい」と返事を返した。


「しかし、転移の術法、か」

未だに自身が一瞬にして転送されたという実感がないらしいアッシュは、
妙に居心地が悪そうにぼそりと零した。

「たぶん・・・、想像ですけれど・・・」

国を小さく傾げて伽藺は答える。

「ここは実際さほど私達のお屋敷からは、離れていないのではないでしょうか。
ただ・・・。結界といいますか・・・。
神をも騙して封じるような目くらましで、巧妙に入り口を隠されているような・・・。
そんな場所ではないかと思うのです」

そう伝えてもアッシュはやはりまだ不思議顔だ。

「よく、わからない、ですか?」

妖界という異界と繋がり。
そこから妖を召喚する伽藺には、肌で馴染んだ感覚なのだが。
けれど理論的に説明しろと言われると、改めて難しいことに気付いた。
『そういうものだ』と認識していただけに、自分もそこまでを考えたことが無いのだ。

「次元の狭間ってそういうものだと思います。
新聞紙をいくら繰り返し読んでも、裏面に書いてある記事は読めないような」
「ふん、馬鹿を言うな」

そんな伽藺のたどたどしい説明をアッシュは一笑に伏した。

「これだけ気候も空気も違って、同じ土地なわけがあるか。
空間は平面ではないのだ」
「あ・・・あうぅ、だからその~、同じって訳ではなくて、ですねぇ~・・・」

緊張する心を解すためか、二人がどうでもいいようなことを、討論し始めると。
ふと、さっきまで元気一杯だったカルタの足が、止まった。

「・・・? どうしました??」

伽藺が気付いて声を掛けるが、彼女は少し困ったような苦笑いを、返すだけだった。

「あ・・・アノ、カルタ、・・・な。神殿チョト苦手・・・。
ゆ、夕飯の支度・・・とか、してクルな。・・・バイバイ!!」

だっと駆け出す後姿を見送る二人に、道案内をしていたカルラがぼそりと告げる。

「カルタは・・・、面会ノ準備・・・ノ、ややこシイ手続きが嫌い。
オマエ様たちニモ・・・、スグ、わかル」

神殿の内部は見た目の印象より涼しく、それは随所に巡らされた水路と空気穴、
そして豊かに植えられた植物のせいなのだと見て取ることが出来た。
礼拝室を抜け、神官たちの控え室も素通りし、さらに奥に入ってゆくと、
数人の人物が待つ部屋へと到達した。

『…衛士長さま。お連れいたしました』
『ご苦労、下がってよし』
『はい』

アッシュは、耳に入り込んで来る古代語のような言葉を、何となく翻訳しながら聞いていた。
伽藺には言葉が全くわからないらしく、相変わらずの不安そうなで周囲を見回している。

そのままカルラは、一礼してからその部屋より、引き下がった。
『衛士長』と呼ばれた男が向き直り、比較的流暢な共通語を使い、夫妻に面会の方法について、
説明した。

武器やそれに類する危険物を預けること。
ベビーカーも許可は出来ないので、赤子二人は親が抱いて入ること。
それから手順と制限時間。
伽藺が、一応何かのためにと忍ばせていた、数枚の符と短刀を渡すと。
衛士長は全身を覆う法衣の中から、かろうじて露出している瞳を少し細めた。

ここに所属する神官は皆そのようなのだが、布地の多い白い法衣に全身を包まれ、目元くらいしか出していない。
この衛士長も顔立ちなどは判別できず、かろうじて体格はそれなりに良さそうだということと、
声から壮年くらいの男性だろうということがわかる程度だ。

注射器やメスや薬品など、アッシュも内ポケットに忍ばせていそうなものだ、と伽藺は思ったが。
彼が何も言わず衛士長も言わないようなので、それについては触れないことにした。

・・・出したら出したで、一体どこにしまっていたのだと思うくらいに、大量だったりして。
危険人物とみなされてひょっとして、面会すらままならなくなるかも知れない。

「それでは夢見様の元に案内する。
そこの水場で手足を清めてから、裸足で奥の部屋に入るが良い」
 
衛士長がまずは参内の作法の見本を見せる。
清めの際にちらりと見えた足先は、砂漠の民にしては白い方に見えた。

『な・・・何か、お、大仰・・・ですね。
私の母上って、ど、・・・どういう方なんでしょう?』

伽藺がアッシュにエルフ語で小さく耳打ちする。

今までの彼にとって母とは、絵姿の中で微笑んでいる、童女めいた娘でしかなかった。
里にまだ母がいた頃は父の婢女扱いであったから、当時から当主候補であった伽藺は直接に触れたり、
話したりすることは許して貰えなかった。
だから、実際にどういう人格を有しているのか、とか。
そういうことについては、実子の伽藺でさえもこの歳になるまで、わからないままであったのだ。


衛士長に導かれ、奥の部屋に入ると。
心地好い絨毯が敷き詰められ、ほのかに花の香りが流れた。
やがて『ガコン』と部屋全体が揺れる。魔導エレベータのような仕掛けが作動したようだ。
次に扉が開かれると、そこはまるで…童話の世界であった。
 
 白く大きな部屋中に敷き詰められる、異国情緒溢れる絨毯と飾り布。
むせ返るほどに香りを放つ色とりどりの南国の花。

そして・・・。

・・・たったひとつ、ぽつんと置かれている豪華なベッドから、流れて来るのは。
ほのかな・・・、死の、気配・・・。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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