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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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軽く湯浴みをして身なりを整えた少女は、思っていたよりもずっと愛らしかった。

小さな輪郭の中に輝く瞳は、大きく純粋そうな柘榴色。
くすんでよれていた髪も、洗って櫛を通したのか、さらさらと腰の下まで流れて、
淡い紅茶色に揺らめいていた。
小柄で細い体つきは幼く見えたが、湯浴みで解されて頬を染めた表情には、芽生えかけの色香も覗く。

夕食時にはまだ緊張していたが、暖かなシチューを口に入れるたびに、
少しずつ肩の力が抜けていったようだ。
医師にとっても、シチューは好物なためか、どこか機嫌が良いようにも見える。
団欒というほど会話があったわけではないが、まるで一つの家族を静かに包むかのように、
なごやかな時間は過ぎていった。


確か仕事上で知り合った人物が、少女服を取り扱っていた、と。
伽藺は翌日の仕事帰りに、少し足を伸ばしてみた。
いつまでも、自分の服を無理に来ていたのでは、動きにくいだろう。
少し歩いては紐を締め直し、また少し歩いては落ちてくる袖を直す姿が、少々可哀想にも見えていた。

店主に『大体このくらい』と、覚えている限りで少女の体格を、伝えてみると、
さすがに、衣服を扱っているだけあって、『これでしょうか?』と一着のドレスを出して来た。
薄い蒼の可憐なドレスは、控えめに微笑む彼女に、似合うように思えた。

値段も高過ぎなく、安過ぎもしない。そして値段よりは随分と高級に見える。
これならば、みずぼらしい気分にすることも、逆に恐縮させることも、無いだろう。
(本当ならばせっかくの女の子なのだから、お姫様のような派手で可愛らしいドレスを着せたかったのだが、
日常生活のことを考えるなら、ワンピースタイプのものが、一番いいのだろう)

当然ながら伽藺の衣服に比べて、随分と小さなものであった。
160cm程度で比較的豊満な体格になる、女体化した彼と比べてみてもまだまだ小さい。
子供なのだなと、改めて思い知る・・・。


少女の私物をいくつか置かれて、倭室は幾分か愛らしくなっていた。
今も置物のようなものを持ったまま、どこに置くべきか逡巡しているらしく、部屋中をうろついて回っている。
ぶかぶかのメイド服に、埋まったような小さな手足が、妙に幼げで可愛らしい。

「よろしいですか?」

そんな時に、不意に声を掛けたものだから、驚いた背中がびくりと跳ねる。

「ふぁ・・・!」
「あぁ、ごめんなさい、僕ですよ」
「カリン様・・・!!」

慌てて頭を下げる少女。それを制してドレスの入った袋を渡した。

「いつまでも、ぶかぶかのお仕着せでは、どうかと思って」
「これはお洋服ですか?」
「はい。お気に召すと、いいのですが」

袋の中をちょっとだけ覗いた少女は、頬を染めて『可愛い・・・!』と小さく叫んだ。
大きさは、着てみないとわからないとして、デザインは気に入って貰えたようで、
伽藺はほっと胸を撫で下ろした。

「あと・・・これを・・・」

ふわふわとした記事で作られた、ちいさなポシェットタイプの、財布も手渡す。
中にはあまり多くはないながらも、いくばくかの金銭を入れている。
子供の小遣いに毛が生えた程度だが、贅沢さえしないならば日用品と数着の下着や衣服、
それから最低限のインテリア用品は、揃えられるだろう。

「女の子なのだし、本人でないと分からないものもあると思うので、お財布を預けておきますね。
商店街は、屋敷を出たところに来る乗合馬車に乗れば、ほんの数分ですから」

驚いた顔をしている少女にくすっと小さな笑顔を見せ、『これ以上のお小遣いが必要な場合は、
何か家事をお手伝いして下さいね』と告げると、
『あと・・・』と背後から、小さな竹製の籠を取り出した。
そこには不安げに縮こまっている、小さな丸い毛玉のような生物。

「これ・・・、は・・・?」
「『うさぎ』という生き物です」

そのくらい、知っているかも知れなかったが、少女の記憶はあやふやだと聞く。
なるべく、初めて見るもののように、説明しようとした。

「ふわふわしていて可愛いでしょう? お友達のお家から、分けていただいて来たのですよ」
「うん、可愛い・・・。でも小鳥姿の私より、大きいような気がします。食べられちゃったりしないかな・・・」

小鳥の頃に医師に何か言われたのか、『食べられるかも』ということに、妙に過敏になっているようだった。
大きなネズミのような姿をした生物に、興味半分怖さ半分という様子である。

「うさぎは草食だから、小鳥さんは食べませんよ。
この離れに、一人は淋しいでしょうから、お友達になってあげて下さい」
「本当!?」

小鳥を襲わない生物なら、仲良くなりたいと、思っていたようだった。
さっそく籠から出して、そのふわふわとした体を、胸に抱く。

「えへへ、うさぎさんよろしくね! ふわふわ・・・、ぬくぬく~・・・v」


事情があったとはいえ、右も左もわからないような少女を、
一人で住まわせることについて、伽藺も多少なりと罪悪感はあったらしい。
ましてや、つい先日までは自室にて、寝食を共にしていた小鳥だ。

けれど、うさぎを抱きしめている様子を見たら、大丈夫かなと思った。
これから肌寒くなって来る季節。
暖かい生物が横にいるだけで、随分と気持ちが軽くなる。

それに子供は、『育てないといけない』存在を、側に置いておいたほうが、
自立を促せると、いつか育児書か何かで、読んだような気がする。
うさぎは見た目よりは頭がいいし、育て方によってはよくなつくから、
そのうち『うさんぽ』なども出来るようになるだろう。

懐いて来たように見受けられたら、今度はハーネスとリードでも、プレゼントしようか。
それとも自分で興味を持って、手に入れて来るだろうか?
嬉しそうな少女を見ていると、そんな想像が次から次へと、膨らんで来た。


「それではまた、お夕食の時間に、ね」
「あっ、待ってくださいっ」

母屋に戻ろうとする伽藺に、ぎゅっと何かを押し付ける少女。
それは小さな置時計だった。・・・小さな白い小鳥の形をしている。

「この時計・・・その、差し上げようと思いまして・・・!
『ピヨ松』としての姿が、なかなか見れなくなるのではと思って、代わりにといいますか、
・・・よかったら貰ってくださいっ」

少女は少女で、ペットの小鳥として可愛がられていた自分が、人の姿になってしまったので、
伽藺が淋しがっていないかと、心配していたようだった。
確かに、空になった鳥籠を眺めると、ふと淋しさに襲われる時もある。
けれどそれは・・・、あの痛々しい傷が、癒えたという証だから・・・。

時計を何度か撫でると、屈んで少女に目線を合わせ、言い聞かせるように伽藺は告げた。

「ふふ、有難うございますね、大切に飾っておきます。
・・・もう、ピヨ松を撫でられないのは、淋しいけれど。
でも、元気になった証拠だから、それはそれで嬉しいのですよ?」

少女の瞳が少し潤む。
それは、自分はもう『ペット』ではなくなったのかな、という不安なのか。
それとも『元気になって嬉しい』という言葉によるものなのか。

「あ! ・・・んと、もう鳥の姿になれないわけじゃ、ないのですが。
今ちょっと、不安定といいますか・・・。
ま、またあの姿になれたら、見せに行きます・・・!」

困ったように、言葉を探す少女の頭に、ぽむぽむと手をやる。

「大丈夫。小鳥の姿をしていても、少女の姿であっても。
貴方は僕の可愛いペットで、娘がわりのピヨ松ですよ。
って、・・・あっ・・・そうか、そういえば本当のお名前、ありますよね」

いつまでも、勝手な呼び名で呼んでいてはいけないなと、名前を尋ねることにした。

「あ、そうでした名前!」

少女も『ピヨ松』が馴染んでいたのか、名を告げるのをすっかり忘れていたようで、
慌てて姿勢を正すと、改めてぴょこりと頭を下げた。

「私はユエルティートと言います。ユエとでも呼んでいただけたらいいかと。
・・・もちろん、お好きに呼び名を考えて下さっても、いいですが」
「ユエル・・・ティート・・・。綺麗なお名前ですね・・・。
では、ユエ殿で宜しいでしょうかね、ふふ」

小鳥の頃の囀りのままの、細くて綺麗な声で伝えられた名前はまるで、異国の歌の一説のような響きがあった。
かくして奇妙な診療所の表札には、鳥人の少女『ユエルティート』が新たな家人として、
加えられることになった。


相変わらず、苦虫を噛み潰したような顔をしている、家主の医師。
びくびくと様子を伺いながらも、盛んに屋敷に遊びに来る、鳥の少女。

こんな顔をしていても決して、少女自体を苦々しく思っている訳ではない、
ただ単に子供とはどう接すればいいのか、本人も分からないだけだということを、伽藺は知っているので、
少女を洗濯当番に任ずると同時に、医師の昼食の配膳当番も頼むことにした。

離れにはかすかな油の匂いが漂い始めた。
どうやら少女も絵を描くのが好きらしい。今はまだありあわせの画材で、なんとかやりくりしているようだけれど、
部屋の一つがアトリエになる日も近いなと、同じ趣味を持つ者として伽藺は感じていた。

密封感の薄いムロマチ風家屋では、絵の具の香りが他の部屋にも、漏れ出すだろう。
簡単なものでいいなら、庭に小さなアトリエ小屋を建ててみても、いいかも知れない。


南の島の海岸線に建つ、かつては不気味とまで呼ばれた、荒れ放題だった屋敷は。

樹妖がわくわくと改造計画を実行し、庭師を招くことで花と緑が増え、最近では医師の希望も交えた、
温室プールの建造も始まり。
そこに時折流れて来る、洗濯番らしき少女の口ずさむ、愛らしい歌声が彩りを添えて。

今では、こっそりと覗きに来る近隣住民さえ、居るのだそうな。

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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