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うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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夫から意思表明を与えられてからの数日間、伽藺は寝る間も惜しむほどにあれこれと動いていた。

『世界と運命を共にする』

そう伝えた時、夫はもうちょっと彼女が何らかの顔色を、見せるものかと思っていた。
例えば、落胆であるとか、怯えであるとか・・・。
しかし伽藺は口元を引き結ぶと静かに頷いただけで、次の瞬間には身辺を整理する段取りを考え始めていた。

強がりで平気な顔をしていたのだろうか?
そうでは無かった。
この可能性についてはもう、一ヶ月も前より何度も考えていたことで、覚悟が出来ていることでもあった。
ただ心配なのは後顧の憂いを残さないように、残った時間の中でどれだけのことが出来るかであった。
一番重要なのは未だ幼い子供たちの預かり手を捜すこと。
しかしそれとは別に、いろいろと手を付けていた物事を、整理しようともしているらしい。

いつも、ふわふわと微笑む顔が、ここ数日の間は強張っていた。
そんな状態で動いているからだろうか、体調もあまり芳しそうでは無かった。
見かねてアッシュは、マッサージでもしてやろうかと、声を掛けた。

伽藺は随分と喜んだようで、それでは梅雨の合間にと干していた布団を、
一度取り込んで来ていただけますか、と。
久々に見たかのようなふわりとした笑顔を浮かべた。

長身で力もあるアッシュにとって、布団を取り込むことなどタオルを手に取るのと、
変わらないくらいの手間だった。
だから伽藺は、たびたび布団干しや取り込みを、夫に頼むことがあった。
夫も見かけに寄らず家事には協力的で、細かな気遣いを求められるようなものでなければ、
何でも快く引き受けたりしていた。



時期的にはまだ雨季の最中だが、太陽がさんさんと照っている。
数日の間、鬱陶しい気候が続いていたので、この隙にと湿気を吸った布団を干したのだろう。
触るともう随分と乾いてふかふかとしている。
掛け声を掛けることもなく、ひょいと布団を持ち上げた途端、『それ』は晴天の空より降って来た。

細く黒い人型の何か。
近場の森や林から逃げて来た猿かとも思ったが、逆光の中にひらめくマントのような布地と、
手に持った長槍のような獲物が見て取れた。

人間? それも武器を持った??
・・・だとしたらそれは、襲撃者だろうか。

他者に怨みを買わない生き方はして来てはいなかった。
聞き流してしかいなかったがどうやら伽藺の方も、いつ荒事に巻き込まれてもおかしくないような、
人生を送って来ているらしい。
だとすればアッシュが取る行動は。

当然、襲撃者であれば、まずは撃退する。

「カリンーーーーーーーーー!!」

用があるのは、妻の方に、だったらしい。
男のものとはまた違う甲高い声で叫びながら、『それ』は布団の上に一度着地すると、
アッシュの首根っこにしがみ付いた。

「おぉー! キタイを上回る、オトコマエだなっ
さすがカルタの、オニチャンだ!!」

顔をばっと上げたそれが、フード付きのマントを深く被っていて、顔立ち自体はよくわからなかった。
ただ、見たような色の青紫色の瞳が真っ直ぐに、アッシュを見据えていた。

「背もタカいしツヨソウだ!
パパともママとも似てナイが、カルタとはチョットだけ似てルナ!!」
「誰だ、貴様は。馴れ馴れしいその手をどけろ」

掴み掛かるというアドバンテージを許してしまった不覚に舌打ちをし。
アッシュは布団を持ち上げたまま、野生動物のような少女を片手で引き剥がし、
地面に向けてぽいと捨てた。
少女は空中で回転するとすたっと着地し、そのままゴム毬のように跳ねて物干し場の日差しに、
ぴょんと飛び移った。

「・・・?」

そこまでを反射的に行ってから。
『かりん』という単語があったことにアッシュはふと気付く。

「・・・・・・」
「おー??」

物思いに耽り始めたアッシュの様子を見て、『カルタ』と名乗った少女は興味深そうに、
その場にしゃがみ込んだ。

(俺をかりんと誤認している? かりんの関係者? 親族?
・・・にしては、瞳の色以外似ていないようだし、かりんの外見すら知り得ていない。
にも関わらず、名と住所のみを知っている。・・・不審だ)

少女は少々退屈し始めたのか、頭をかりかりと掻き始めた。
その様子にあからさまな敵意は見当たらないが・・・。

(要らん火種ならば払うに限る)

もし、何かそこに誤解があったとしても、それは捕縛してから事情を聞けばいいことだ。
それに・・・ふわふわとまるで、体重がないかのように、宙を泳ぐ身軽さといい。
砂色にくたびれた、不必要なまでに布地の多い、フード付きのマントといい。

(・・・・・・ミハイル・・・)

利用価値が無い訳ではないが、なるべくなら関わらずに過ごしたい、と思う。
アッシュの『自称・親友』を思い起こさせて頭が痛くなるのだった。

「う?」

問題の少女はすっかりリラックスし始めたようで、日差しに長く伸びて日光浴を始めている。
あまりに奔放な姿勢も怪しいと感じて、アッシュは布団を乱暴に室内に放り込むと、
日差しの上の少女の足元にメスを投げた。

おっと小さく呟くと少女はアッシュの目前に飛び降りる。

「俺の敷地に無断で入るとはいい度胸だ。目的を言ってみろ。
武器を持った来訪の目的が、穏やかなものとはとても思えんが・・・?」

頭二つ分は上の地点から、威圧するように見下ろすアッシュを眺めて、
おおーっと感心したように声をあげると、少女は手にした長槍をスッと構えた。

「カリン・・・。
・・・コブシで語るノカ? アエナかった時間をタタカイで埋めるノカ??」

長槍を回す様子に体格で負ける男への恐れは無く、むしろわくわくと喜んでいるように見えた。
逃げも怯えもせずに、構えて見せる少女の様子にアッシュも、ほうと一つ頷くと。

「なんだ、女。この俺と闘る気か。
俺は女とて容赦はせん・・・というか、女のほうがある意味やる気が出る、鬼畜だぞ?」

と楽しそうに拳を構え、いつもの『ククク・・・』と喉の奥から搾り出すような、
含み笑いを口元に覗かせた。

「キチク?」

アッシュ・・・いや、彼女にとっては『カリン』の口から出た、聞き覚えのある言葉に、
少女は嬉しそうに指を立てた。

「キチク知っテルぞ、馬とか牛とか、ラクダのことナ!?」
「・・・誰が家畜だ!!」

「う??」

勘違いだとは理解出来ても、反射的に愚弄だと判断してその胸倉を掴みかけてしまい、
アッシュはなんとかその手を抑えた。

冷静になれ自分。熱くなってはいけない。
ここに居る少女は、見たところどうにも頭は良くなく、しかも言動から察するに異国の出身で、
この地の風習や言葉に疎いようだが。
それゆえに、顔も知らない『かりん』に対するこの馴れ馴れしさや、
常人にはあまり居ないような身のこなしの軽さなど、不可解な部分が多過ぎる。


その時。

「カルタ!!」

一触即発の対峙は、もう一つの影によって、阻まれた。
これもやはりやはり少女の声だが、自身をカルタと名乗る少女よりは、落ち着いている気がした。

「・・・カルラ?」

『カルタ』が声の方を向いて目を丸くする。
その視線の先にはさらに小さな、それこそ1mを少々越した程度に見える、布の塊があった。
いや、『居た』

「なんだ、連れまでいたのか」

それはカルタよりさらに面積の多いマントに包まれた人物のようで、
えらく長い錫杖のようなものを持っているが、背丈から判断するにまだ子供だと思われた。
フードからはみ出る亜麻色の巻き髪を、ふわふわと風に遊ばせているカルタとは対照的に、
こちらの髪は真っ直ぐな濃紺色で、重みを感じさせる艶のある直毛だった。

「~~~! ~~~! ~~~~~!!」

どこの言葉かわからないような、しかしどこかで聞き覚えのあるような言語で、
『カルラ』と呼ばれた小柄な少女は、カルタをひと通り叱り飛ばし。
改めてアッシュに向き直ると、フードの中に覗く青紫色の大きな瞳を藪睨み気味にしながら、
すぅと息を吸って言葉を紡いだ。

「・・・カリン、か? ・・・デス。
悪イ、ワタシたちはソトのコトバ、余りしらナイ。
ゆっくり、喋ッてくれルトたすカル。・・・ます』

発音はたどたどしく、また文法もあちらこちらは間違っていたが。
何とか理解出来ない訳ではなかった。

「ゆっくり喋れ、だと?
何処の民だか知らんが、何故俺が相手に合わせねばならん」

伝えた言葉が早口過ぎたのか、カルラは小首を傾げて、アッシュの顔をただただ眺めていた。
親切するつもりはないし、カルタという少女が行った数々の非礼を流した訳でもないが、
伝わらない言葉を何度も掛ける程に、アッシュは暇でも気長でも無かった。

「用・件・を・言・え」

一言ずつはっきりと、大声でがなられて初めて、カルラは藪睨みの瞳をぱっちりと開いた。

「・・・・・・ヨウケン。
忘れタカ? 頼みタイコトがあると手軽をヨコシたのは、オマエ様の方ダ。デスゾ、カリン」
「手軽?」

しばらく首を捻り。
そして、とある一つのものごとに、突き当たった。
確か妻が言っていた。母方の実家に子供らを頼めないか、手紙を書いてみると。

「ひょっとするとだが。それは『手紙』のことを言っているのか?」
「手紙? ・・・テカ、ガミ? ・・・ふむ??」
「て、が、み、だ。見れば納得する」

小さな手でふところから封書を一通出す。
ちらりと覗いた指先は滑らかなクリーム色で、アッシュほどではないが褐色に焼けたカルタに比べ、
カルラの肌質はまだ伽藺に近く思えた。

「テガ、ミ? ・・・これのコトカ、・・・デス。」

手に取って改めてみると、確かにそれは妻の筆跡であった。
時候の挨拶に続いて、永く会っていないことに対する想いや、世界の終末についてのことが綴られた後で。

『つきましては、お頼み申し上げたいことが、出来るかも知れないのです』と。

日付を見ると、アッシュが結論を出す前に書いた手紙のようで、内容はまだ詳しくは話せないとある。

「ふむ。
成る程確かにあれの筆跡だ。本物だな」

まるで『初めて見るかのように』手紙に目を通す様子を見て、カルラの眉根が怪訝そうに寄る。

「オマエ、様、・・・カリン・・・違う? カリン、ここにいる。・・・カ??
・・・オマエ様は、誰ナノか、・・・デス。」

警戒心を露わにじりじり後退し始めるカルラの様子を、何の疑問も抱かず(`・ω・´)といった顔のカルタが、
退屈そうに眺める。

「くく。
小さいほうが、どうやらまだ利口なようだ。
確かに俺はかりんではない。そちらが勝手に勘違いしていただけだ」

なるべくゆっくり話してみた。さすがに今度は、聞き取れただろう。
まだ警戒の解けていない様子を見せるカルラ。
対してカルタは何だか、昼下がりの陽気に丸くなり、うとうととし始めているようだ。

「かりんの親族の遣い、といったところか。
・・・俺か? 俺は、・・・」

どう名乗ったものか。
シンプルに夫と名乗るか、それとも少々ブラフを混ぜて、脅かしてやろうか。
少し間考えていると、さすがに布団を入れるだけにしては時間が掛かりすぎていると怪しんだのか、
家の中から伽藺の呼び掛ける声が聞こえて来た。

「・・・ふん、丁度呼んでいるようだ」

大股にテラスの入り口、布団を放り投げたところに近付くと、空気を震わす大声で伽藺を呼んだ。

「かりん!! 貴様に客だ!!!」

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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。

性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。

ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。

お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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