うつつ世とまどろみの境を泳ぐ、とある妖の手記・・・らしいもの
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「そう、今日はあの子たちの、お誕生日、・・・ね」
伽藺は身を起こし、窓を開けて外の風を受けた。
どのくらい、起きているとも眠っているとも、つかない日々を送っていたろうか。
夫との間に発生していたわだかまりは、根強い話し合いの末に解決されていた。
あと、伽藺に必要なのは、体力と精神力を回復させるだけの、時間だった。
「ん、もう、大丈夫」
呟くと、食事を用意するために、台所へと向かった。
まずは家族それぞれの朝食、それから誕生日を祝うケーキ。乳幼児にも食べられるものにしなければ。
・・・と、その前に。
「目と頭をはっきりさせるために、お風呂にでも浸かりましょうか」
ネグリジェの上に、薄手のガウンを羽織り、浴場へと歩みを進めた。
伽藺は身を起こし、窓を開けて外の風を受けた。
どのくらい、起きているとも眠っているとも、つかない日々を送っていたろうか。
夫との間に発生していたわだかまりは、根強い話し合いの末に解決されていた。
あと、伽藺に必要なのは、体力と精神力を回復させるだけの、時間だった。
「ん、もう、大丈夫」
呟くと、食事を用意するために、台所へと向かった。
まずは家族それぞれの朝食、それから誕生日を祝うケーキ。乳幼児にも食べられるものにしなければ。
・・・と、その前に。
「目と頭をはっきりさせるために、お風呂にでも浸かりましょうか」
ネグリジェの上に、薄手のガウンを羽織り、浴場へと歩みを進めた。
◆
夫との話し合いはほぼ10日ほどにも渡って行われた。
伽藺はまるで抜け殻のようになっていて、ろくに食事も取らずにただ職場と自室を往復していた。
アッシュは煙草と酒が増えていた。その中で彼なりに少しずつ、事態の重さを把握したようだ。
最初は、妻に対する不信感が膨れ上がったことで、多少の糾弾をしたりもした。
しかしそれは普段通りの無邪気な横暴ではなく、愛を裏切られたと思った彼の純粋なる悲鳴だった。
糾弾、そして誰何の結果。彼は『永遠などは無い』とかつて、自身が思っていたことを思い出した。
幸せな結婚生活や妻の甘い声に、いつのまにかその愛を永遠だと、不変だと信じ込んでしまっていたのだ。
アッシュは自身を、腑抜けだといった。滑稽だと笑った。
自分が愛されるはずなどない、それを忘れていたのはひとえに、自分の愚かさだと。
それでも伽藺は手放さない。
例え彼女がアッシュを嫌い、逃げ出そうとしても。
鎖で繋ぎ籠に閉じ込め、場合によっては飛び立つための羽根さえ、もいでしまおう、と。
伽藺はそれを聞き。
何故か嬉しそうに微笑った。
アッシュが伽藺のために悩み、病み、自虐的に嘲笑う様を。
きっと妻としては、良くないことなのだろうけれど、けれども伽藺は・・・嬉しかった。
いつも口論になる時は伽藺だけが、泣いたり怒ったり不安になっていることが、辛かったのだ。
夫は伽藺の不安をいつも馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしていた。
それが勿論、心強い場面も多かったが、常にフラットな状態である夫を、伽藺は物足りなくも感じていた。
自分の不安は馬鹿馬鹿しいのだろうか。
自分が不安を感じることは、夫にとってはたいした問題では、ないのだろうか。
逆に夫が自分に対して不安を感じることなどあるのだろうか。
『信じる』という名目でたかを括られているのではないのか。
『絆』という言葉に胡坐をかいているのではないのか。
・・・自分はこの人物にとって、どれだけ重い存在なのだろうか?
だから。
自分に『傷付けられた』と、そのことについて夫が初めて、堪えているという様子を見せた時。
それは弱音という形ではなく、糾弾や自虐、そして支配という形であったが。
それでも伽藺には嬉しかったのだ。
自分の持つ弱さを、夫も持っているのだということが、確認できたようで。
誰かを愛するということは、強さを得ると同時に、弱さを持つということだ。
自分は夫の言動に傷付いた。ショックでしばらくは、自分が本当に夫を愛しているのか、わからなくなった。
けれどしばらくして気が付いた。ショックを受けるということは、つまり夫を愛していたから・・・いや。
現在進行形で愛しているからであって、愛がわからなくなるのはそのショックから、心を守る防衛反応なのだと。
また夫はそもそも昔から、何かや誰かを信じるということの、ない人間だった。
そんな夫が自分には心を許し信じていた。だからこそ裏切られたと思い、反動的に糾弾や自虐に走った。
つまり形はどうあれ、自分は夫に『影響を与え得る』存在なのだと理解した。
夫自身が聞けば、そんなことも知らなかったのか、馬鹿な奴だと言いそうなものだが、
何もかもが見えなくなっている時には、どんな簡単な答えさえも見えないものだ。
「私が貴方を怖いと思うのは、愛を失ったときの心の痛みが、大きくて耐えられないだろうから」
「貴方が私を縛ろうとするのは、私を失うことが怖いから」
「形に違いがあれと、私たちはどちらも互いを、怖いと思っている。
それは互いを・・・失うことで、心が傷付くと理解しているから」
「ならば私たちが感じる怖さは、きっと互いへの愛に、比例しているのですね・・・」
夫を哀しませ、苦しませることで愛を測るなど、悪い女のすることだと思った。
少なくとも良妻がするべきことではない。
けれどもそれを目の当たりにしなければ、そのことを理解することが、出来なかったのだ。
いつも泰然としている夫が、自分のために取り乱す、など・・・。
愛は確認出来た。
夫にも良い勉強になったようで、今までは愛を維持するのに努力などは要らないと豪語していたが、
それからは妻の様子により気を配り、愛には歩み寄りが必要なのだと思うようになったらしい。
互いへの誤解は解けた。
あとは心身の回復と、互いの傷を癒し合うために触れ合うだけの、時間が必要だった。
ひと月・・・それと少しかかったが。
伽藺は仕事を休んで、心身の療養に努めていた。
アッシュはその分、薬剤の調合や開発の仕事を請け負いながら、妻の体調に気を使っていた。
そして二人は、以前よりもさらに互いのことを考え、互いの状態に気を使い、
素晴らしい恋人であり配偶者であれるように、互いに努力出来るようになっていたと思う。
◆
大きな波が去った。
起こさなくていい波だったと、他人は言うかもしれない。
けれど伽藺は、必要な波だったのかな、と、思っている。
傷跡が残っていないわけじゃない。
確かに明確な傷を、心身に与え合った。
けれど。今でも思い出すたびに肩が震えるような、心の傷が残っているからこそ。
慎重に丁寧に互いに対して接することが出来る。
横柄になり過ぎないように・・・。
愛の花を枯れさせないように・・・。
◆
「リンネちゃん、アルクちゃん、お誕生日おめでとう、ね。
それから貴方・・・。
この一年間、素敵な旦那様でありまた頼れるお父様として、また・・・家族みんなの主治医として務めていただき、
ありがとうございました。
一年前のこの日、貴方がこの子たちを取り上げて下さらなければ、我が家の天使たちはここにはいなかった」
「ふん、俺の天使は、貴様だけだがな」
「ふふっ・・・」
誕生日というものをまだ理解はしていないようだが、目前に置かれた『ケーキ』という物体に子供たちは瞳を輝かせていた。
アッシュと伽藺の子である、食欲は並みの赤子よりは、勝っている。
「さぁ、蝋燭はまだ一本ですね。二人とも、ふぅって吹き消すのですよ。
貴方たちにはまだちょっと難しいかも知れませんから、お父様に手伝っていただきましょうね。
母様はビデオを撮っておきますから」
いきなり振られた役に、複雑そうな顔をする夫に苦笑しつつ、伽藺は魔導ビデオの電源を入れた。
「そうだ、明日は場所を走らせて、近くの湖にでも行きましょう」
療養の間、社会復帰の訓練も兼ねて、伽藺は馬車を操る資格を学んでいた。
まだ仮の免許しか持ってはいないが、アッシュが免許を持っているので、同乗するならば練習という名目で、
外出も出来た筈だ。
クイン家の平和で穏やかで、ほんの少しだけ刺激的な日常が、初夏を思わせる風と共に再び訪れた。
夫との話し合いはほぼ10日ほどにも渡って行われた。
伽藺はまるで抜け殻のようになっていて、ろくに食事も取らずにただ職場と自室を往復していた。
アッシュは煙草と酒が増えていた。その中で彼なりに少しずつ、事態の重さを把握したようだ。
最初は、妻に対する不信感が膨れ上がったことで、多少の糾弾をしたりもした。
しかしそれは普段通りの無邪気な横暴ではなく、愛を裏切られたと思った彼の純粋なる悲鳴だった。
糾弾、そして誰何の結果。彼は『永遠などは無い』とかつて、自身が思っていたことを思い出した。
幸せな結婚生活や妻の甘い声に、いつのまにかその愛を永遠だと、不変だと信じ込んでしまっていたのだ。
アッシュは自身を、腑抜けだといった。滑稽だと笑った。
自分が愛されるはずなどない、それを忘れていたのはひとえに、自分の愚かさだと。
それでも伽藺は手放さない。
例え彼女がアッシュを嫌い、逃げ出そうとしても。
鎖で繋ぎ籠に閉じ込め、場合によっては飛び立つための羽根さえ、もいでしまおう、と。
伽藺はそれを聞き。
何故か嬉しそうに微笑った。
アッシュが伽藺のために悩み、病み、自虐的に嘲笑う様を。
きっと妻としては、良くないことなのだろうけれど、けれども伽藺は・・・嬉しかった。
いつも口論になる時は伽藺だけが、泣いたり怒ったり不安になっていることが、辛かったのだ。
夫は伽藺の不安をいつも馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしていた。
それが勿論、心強い場面も多かったが、常にフラットな状態である夫を、伽藺は物足りなくも感じていた。
自分の不安は馬鹿馬鹿しいのだろうか。
自分が不安を感じることは、夫にとってはたいした問題では、ないのだろうか。
逆に夫が自分に対して不安を感じることなどあるのだろうか。
『信じる』という名目でたかを括られているのではないのか。
『絆』という言葉に胡坐をかいているのではないのか。
・・・自分はこの人物にとって、どれだけ重い存在なのだろうか?
だから。
自分に『傷付けられた』と、そのことについて夫が初めて、堪えているという様子を見せた時。
それは弱音という形ではなく、糾弾や自虐、そして支配という形であったが。
それでも伽藺には嬉しかったのだ。
自分の持つ弱さを、夫も持っているのだということが、確認できたようで。
誰かを愛するということは、強さを得ると同時に、弱さを持つということだ。
自分は夫の言動に傷付いた。ショックでしばらくは、自分が本当に夫を愛しているのか、わからなくなった。
けれどしばらくして気が付いた。ショックを受けるということは、つまり夫を愛していたから・・・いや。
現在進行形で愛しているからであって、愛がわからなくなるのはそのショックから、心を守る防衛反応なのだと。
また夫はそもそも昔から、何かや誰かを信じるということの、ない人間だった。
そんな夫が自分には心を許し信じていた。だからこそ裏切られたと思い、反動的に糾弾や自虐に走った。
つまり形はどうあれ、自分は夫に『影響を与え得る』存在なのだと理解した。
夫自身が聞けば、そんなことも知らなかったのか、馬鹿な奴だと言いそうなものだが、
何もかもが見えなくなっている時には、どんな簡単な答えさえも見えないものだ。
「私が貴方を怖いと思うのは、愛を失ったときの心の痛みが、大きくて耐えられないだろうから」
「貴方が私を縛ろうとするのは、私を失うことが怖いから」
「形に違いがあれと、私たちはどちらも互いを、怖いと思っている。
それは互いを・・・失うことで、心が傷付くと理解しているから」
「ならば私たちが感じる怖さは、きっと互いへの愛に、比例しているのですね・・・」
夫を哀しませ、苦しませることで愛を測るなど、悪い女のすることだと思った。
少なくとも良妻がするべきことではない。
けれどもそれを目の当たりにしなければ、そのことを理解することが、出来なかったのだ。
いつも泰然としている夫が、自分のために取り乱す、など・・・。
愛は確認出来た。
夫にも良い勉強になったようで、今までは愛を維持するのに努力などは要らないと豪語していたが、
それからは妻の様子により気を配り、愛には歩み寄りが必要なのだと思うようになったらしい。
互いへの誤解は解けた。
あとは心身の回復と、互いの傷を癒し合うために触れ合うだけの、時間が必要だった。
ひと月・・・それと少しかかったが。
伽藺は仕事を休んで、心身の療養に努めていた。
アッシュはその分、薬剤の調合や開発の仕事を請け負いながら、妻の体調に気を使っていた。
そして二人は、以前よりもさらに互いのことを考え、互いの状態に気を使い、
素晴らしい恋人であり配偶者であれるように、互いに努力出来るようになっていたと思う。
◆
大きな波が去った。
起こさなくていい波だったと、他人は言うかもしれない。
けれど伽藺は、必要な波だったのかな、と、思っている。
傷跡が残っていないわけじゃない。
確かに明確な傷を、心身に与え合った。
けれど。今でも思い出すたびに肩が震えるような、心の傷が残っているからこそ。
慎重に丁寧に互いに対して接することが出来る。
横柄になり過ぎないように・・・。
愛の花を枯れさせないように・・・。
◆
「リンネちゃん、アルクちゃん、お誕生日おめでとう、ね。
それから貴方・・・。
この一年間、素敵な旦那様でありまた頼れるお父様として、また・・・家族みんなの主治医として務めていただき、
ありがとうございました。
一年前のこの日、貴方がこの子たちを取り上げて下さらなければ、我が家の天使たちはここにはいなかった」
「ふん、俺の天使は、貴様だけだがな」
「ふふっ・・・」
誕生日というものをまだ理解はしていないようだが、目前に置かれた『ケーキ』という物体に子供たちは瞳を輝かせていた。
アッシュと伽藺の子である、食欲は並みの赤子よりは、勝っている。
「さぁ、蝋燭はまだ一本ですね。二人とも、ふぅって吹き消すのですよ。
貴方たちにはまだちょっと難しいかも知れませんから、お父様に手伝っていただきましょうね。
母様はビデオを撮っておきますから」
いきなり振られた役に、複雑そうな顔をする夫に苦笑しつつ、伽藺は魔導ビデオの電源を入れた。
「そうだ、明日は場所を走らせて、近くの湖にでも行きましょう」
療養の間、社会復帰の訓練も兼ねて、伽藺は馬車を操る資格を学んでいた。
まだ仮の免許しか持ってはいないが、アッシュが免許を持っているので、同乗するならば練習という名目で、
外出も出来た筈だ。
クイン家の平和で穏やかで、ほんの少しだけ刺激的な日常が、初夏を思わせる風と共に再び訪れた。
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自己紹介
HN:
伽藺(カリン)・クイン
HP:
性別:
女性
職業:
アッシュ医師の妻/ナハリ軍務補佐官
趣味:
家事、お茶、お喋り
自己紹介:
医師アッシュ・クインの妻である柳の樹妖。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。
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