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夫から意思表明を与えられてからの数日間、伽藺は寝る間も惜しむほどにあれこれと動いていた。
『世界と運命を共にする』
そう伝えた時、夫はもうちょっと彼女が何らかの顔色を、見せるものかと思っていた。
例えば、落胆であるとか、怯えであるとか・・・。
しかし伽藺は口元を引き結ぶと静かに頷いただけで、次の瞬間には身辺を整理する段取りを考え始めていた。
強がりで平気な顔をしていたのだろうか?
そうでは無かった。
この可能性についてはもう、一ヶ月も前より何度も考えていたことで、覚悟が出来ていることでもあった。
ただ心配なのは後顧の憂いを残さないように、残った時間の中でどれだけのことが出来るかであった。
一番重要なのは未だ幼い子供たちの預かり手を捜すこと。
しかしそれとは別に、いろいろと手を付けていた物事を、整理しようともしているらしい。
いつも、ふわふわと微笑む顔が、ここ数日の間は強張っていた。
そんな状態で動いているからだろうか、体調もあまり芳しそうでは無かった。
見かねてアッシュは、マッサージでもしてやろうかと、声を掛けた。
伽藺は随分と喜んだようで、それでは梅雨の合間にと干していた布団を、
一度取り込んで来ていただけますか、と。
久々に見たかのようなふわりとした笑顔を浮かべた。
長身で力もあるアッシュにとって、布団を取り込むことなどタオルを手に取るのと、
変わらないくらいの手間だった。
だから伽藺は、たびたび布団干しや取り込みを、夫に頼むことがあった。
夫も見かけに寄らず家事には協力的で、細かな気遣いを求められるようなものでなければ、
何でも快く引き受けたりしていた。
曾祖母の訃報を告げる従兄の訪問。
『次は懐かしい顔を連れて来る』と言ってはいたが、何かと忙しいのだろう・・・あれから音沙汰らしきものは無い。
渡すべきものというのは気になるが、伽藺も伽藺でやらなければならないことは、多かった。
そうこうしているうちに、流れるように月日は経ってゆく。
世界の終わりに際して、どう身を振るのか。
答えはある日、思考の海から浮上した夫より、言い渡された。
「滅びゆく世界と共に、運命を共にしよう」・・・と。
その結果に異存は無かった。もとより生き疲れていた命だ。
夫と出会ったことで、少しは力を与えられたけれど。それも、夫の在るが故のことだった。
ならば失う時もまた、彼の指示に従おう。
許されない罪人だと思っていた。死んだような生き方の中に、最後の瞬間だけ幸福の灯が点った。
それだけでもう、生まれてきて良かったと、そう思うだけの価値があるはずだ。
本当を言えばもっと長く生きて、子供たちの成長や将来を見届けたかった。
彼らが巣立ったあとの屋敷の中で、まるで老夫婦のような穏やかさで、淋しいですねぇなどと零してみたかった。
けれど。 夫は・・・、・・・多分・・・。
口ではどうと言っても、この世界を愛していたのだ。
そしてこの世界に愛されていないと思い込んでいた。
ゆえに彼もまた、生き疲れていたのだ・・・。
なら、淋しがりで不安がりな、あのひとを。もう独りにしないのが、妻たる自分の務め。
涙が出ないといえば嘘になる。
けれど伽藺は決めた。自分はあのひとのもの、であり。
「・・・私はもう、『主君』を、裏切らない」
◆
「ココが目的の、ハウスかぁ」
幼い声が、海沿いの椰子の木陰からぽつりと、呟く。
いやどうやら、声が高くさらに片言なので、幼く聞こえるだけのようだ。
砂を踏んで現れた身体は、すらりと成長した少女のものだった。
「ココに住ンでる『カリン』を、カルタの村に連れて行けば、イインだネ」
すらりと長い手足は浅黒く、潮風に靡く髪は明るい亜麻色。
フード付きのくたびれた外套で身を覆っているから、どんな面立ちをしているかは見た限りではわからない。
「どンなヒトかな、カッコイイといいナ、ウシシシシッ」
自身を『カルタ』と呼んだ少女は、裸足でたんと砂を蹴ると、常人では信じられないほどの跳躍力で、
高くそびえる屋敷のアーチ門を飛び越えた。
伽藺・クイン(旧姓:暮蒔) 拝 』
◆
したためた手紙を配達屋に渡すと、伽藺は大きく一つため息をついた。
普段、利用している配達屋(メッセンジャー)には、今回は配達は頼まなかった。
それはこの手紙の受け取り主が特殊な場所に住んでいるから。
・・・住んでいる、のだろうか? 今でも??
それはわからない。何せもう20年以上の間、音沙汰さえない相手なのだから。
この手紙も。届くか届かないのか、それは・・・わからない。
それでも今の伽藺には、この手に縋るしか無かった。
世界の終焉。
こんなタイミングでもなければ、きっと頼りはしなかったであろう、自分の・・・・・・。
「男に戻ってもいいのだぞ」
旦那様が夜の床で、そう・・・口を開いた。
世界の終わりが告知されてから何日目だろうか。
旦那様は、今までにないほどの思考力と決断力をもって、自らの心を整理しようとしているのだと思う。
そんな不思議な現象が頭上に広がった翌日。
大陸中には、早くもアース神殿の印が捺された、告知が撒かれていた。
その内容は・・・、ごく近い未来に訪れるであろう、世界を襲う大規模な死の予告。
民は驚き、そして、嘆いた。
絶望と嗚咽は世界を広く覆い、そしてその中で彼らは、行く道を決めねばならなかった。
時空魔法などを駆使し、移住できる可能性のある世界を、探そうとする者。
自棄になる者。散り華を咲かせようとする者。
そして静かに・・・世界と共に、醒めない死という眠りに、就こうとする者・・・。
外見年齢は20歳ほど、実年齢は20代後半。
夫との間に男女の双子あり。
性格はおっとり。
行動は良く言えば優雅、悪く言えばどんくさい。
少し急ぐとすぐ転ぶ。
ネバーランド・ナハリ国の軍務省にも補佐官として所属している。
ユエルティートという名の少女を、小鳥と思い込んでペットとして飼っていたことがあり、
人の姿を現した今でも、娘代わりとして可愛がっている。
義兄にはウィルフェア氏とティーラ氏。氏の家族や同居人諸氏とも懇意で、何かとお世話になっている。
お茶が大好きでお茶菓子も好き。
甘党で大食漢。カロリーコントロールを言い渡されるレベル。